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幸せへの競争 〜after君は君でいて〜

作者: めろん

「君は君でいて」の続編です。そちらの方をお読みになってからお願いします。

 今日から大学三年生になる。毎年この時期にしか見ることのできない桜も満開だ。俺は花見などというものがあまり好きではなかったが、最近になり桜の美しさを味わえるようになった。それは少し感性が豊かになったからかもしれない。人は生きていくにつれ、知識や経験が増える。そしてそれによって人は優しくなれたり、強くなれたりする。自然の風景を楽しめるということは、俺の心は荒んでいないのかもしれない。

「おはよ、大翔くん」

「陽菜。おっす」

 現役で同じ大学に合格し、揃って大学三年生になることができた。この陽菜とは腐れ縁で、幼稚園から大学まで全て一緒だ。

「大学生活もあと二年間だね。早いなぁ」

 陽菜が言うように、月日の流れは早いものだった。興高を卒業してからこの二年間、ドタバタしてばかりで、陽菜と一緒にいる機会も少なかった。陽菜は教育学部の初等教育、俺は同じ教育学部の中等教育だ。目指す職業は陽菜が保育士で、俺は中学校の教師。お互い必死に講義を聞き、頑張っている。

「桜、綺麗だね」

 好きな人と一緒に過ごし、好きな人と一緒に頑張る。そんな些細だけど穏やかな毎日。満たされていないことなんてない。目の前の薄ピンク色の花びらは、そんな俺たちの今を祝うように咲き誇っていた。



 一人暮らしというものも思っていた以上に大変だ。親からの仕送りもあるが、それだけでは足りない。なので、学業と平行してアルバイトもしなければならない。古本屋のバイトで、自給はそこまで高くないが職場が楽しくて良い。大手の古本屋で、挨拶教育がどこよりも厳しい。この二年間で、社会のことを少しは学んだつもりだ。

 仕事中は携帯を見る暇もないくらいに忙しい。ようやく仕事を終え、家に帰りソファーに寝転がるのが日課だ。誰もいないというのはやはり寂しいもので、近くにいるときはうるさいだけだった家族のことを、少し恋しく思ってしまう。それでも、心の中まで一人になることはない。一人の女性が俺の心の全てを占めているから。この小さなアパートの一部屋で、陽菜と何度も過ごした。今の俺があるのも、陽菜のおかげだ。だから俺は、一生陽菜に恩返しをしながら、守っていきたいと思っている。

「お、一件着てるな」

 メールチェックをする。携帯を開いてメールが来ていると、なんだか嬉しい気分になる。陽菜からのデートのお誘いだろうか。明日はちょうど休みだから、一緒にいられる。

「えっ…………」

 メールの相手に、俺は驚いた。この二年間、全く会ってもいない人物からのメールだったからだ。

『お久しぶり! お元気ですか?? 突然なんだけど、明日会えると嬉しいです』

 ……どうして、今になって急に……? そう思わずにはいられなかった。この相手は、思い出すことが大きすぎる。卒業してからは思い出す日も多かったが、今はそんなことも少ない。一切連絡を取り合っていなかったから、もう関わる機会もないだろうと思っていた。

「美羽……」

 一緒に劇の練習をしたあの日。放課後に教室で告白されたあの日。初めてキスをしたあの日。雪の降る夜に別れを告げたあの日…………。美羽との思い出が、走馬灯のように頭を駆け巡る。美羽の大事な髪を切らせてしまったあの日。俺は、自分の選んだ道を無理にでも正しいと思い込むしかなかった。なかったんだ……。美羽と付き合っていなければ、陽菜の気持ちには応えられなかっただろう。美羽と別れなければ、今陽菜といることはできなかっただろう。優しさだけでは生きていくことができないと痛感したあの日。今更、どんな顔をして会えば……いや。

「いきなり会いたいだなんて、何かあるのだろう。俺たちにどんな過去があったって、美羽は美羽だ」

 そうだ。俺はあのときに言ったじゃないか。俺の望む女の子になるって言った美羽に。だから……。

『久しぶり。明日は用事がないからいいよ。場所はどこにする?』



 在校しているときは意識しないものだが、卒業するとものすごく母校に愛着が湧く。三年間過ごした校舎。勉強し、騒いだ教室。怖かった鬼教師や、毎日人が込み合う学食。たくさんの思い出が詰まった場所。思えば、陽菜とのスタートがここであり、美羽とのスタートもここだった。俺にとっては誰よりも思い入れがあるこの高校。今日の待ち合わせ場所はここだ。

「大翔く〜ん!」

 遠くで、手を振りながら駆けてくる人の姿が見えた。身長も少し伸びたようで、チャームポイントだった肩までのロングヘアを揺らしながらこちらにやって来る。近づくにつれ顔がはっきりする。改めて全身を見たときに、俺は胸がドキッとした。それは、ただ純粋にその女性のことを綺麗だと思ったからだった。

「美羽……」

「大翔くん! 元気だった!? すごいすごい久しぶりだね〜!」

 女優が俺に話しかけているのかというくらい、美羽は美しかった。目立たないナチュラルなメイクで、少女のあどけなさをまだほんのり残したまま、大人の女性の雰囲気も伝わってきた。学年のアイドル。すれ違えば誰もが振り向き、そして誰よりも純粋で優しい。俺は、こんな人と付き合っていたのか。

「美羽こそ……元気だったか?」

 俺はどんな口調で話していただろうか。目線はどこに向ければいいんだ? こんな綺麗な女の人の目を見てなんて……冷静に話せない。

「もうバッチリ。ちゃんと大学も通ってるよ!」

 可愛くて、真面目で、一途で。あの頃の気持ちを、思い出したんだ。俺は……俺のことを真剣に想ってくれていた美羽を……

「興高、懐かしいね〜。ね、中に入っちゃおうよ!」

 ……好きだったんだ。


「何も変わってないね〜、この景色」

「ああ。このグラウンド、体育のマラソンを思い出すな」

「確かに! あれは辛かったよ……。校舎に入りたいけど、それはさすがに無理だよね〜……」

「もう学校内に入っている時点でやばいと思うけど……」

「ま、大丈夫でしょ! 卒業生なんだし」

 変わってないな……。いつまで経っても、美羽は美羽だ。元気で、明るくて、クラスのムードメーカーだったよな。告白も、何十人にされたって言ってたっけ。

「今はどこに住んでいるの?」

「ああ、俺の家からはだいぶ離れた、大学の近くのアパートだよ」

「一人暮らし、大変でしょ?」

「洗濯物が以外に大変だってことに気付いた。掃除もしないといけないし、料理も……」

 美羽の口調、しぐさ、そして姿。美人というより可愛らしい顔立ち。スマートな身体に、大きくなった胸や、あれから伸びた髪の毛。美羽はいつまでも綺麗だった。いつもリードしてくれる美羽といると、会話に花が咲き、楽しくてしょうがなかった。

「陽菜ちゃんは元気なの?」

「え!? あ、ああ!!元気だよ!」

 しかしどうしても、そういう話は気まずかった。美羽と別れたこととか、陽菜と付き合っていることとか。

「そっか」

「……………………」

 こんな素敵な女性と別れたのは、陽菜と付き合うためだから。それでも、出した答えにいつだって迷っていた。美羽は、そんな俺を恨んでいるのかって……。

「実は今日誘ったのはね……」



「あはははは! 楽しいね!!」

「ほらほら、もっと回すぞ〜!」

「あはははは!」

 俺たちは、テーマパークに来ていた。美羽と付き合っていたとき、一度だけ行ったことがある。あの、別れを告げた日に。

『ね、お願い……。今日一日、陽菜ちゃんのことは忘れて、私とデートしてくれませんか?』

 それが、さっき美羽から言われた言葉だった。少し泣きそうで、救いを求めているような、気持ちの伝わってくる表情。女の人にそんな顔で頼まれたら、断ることなんでできるはずもない。

「はー、楽しかった〜! 確か、前のときも一番初めに乗ったのがこのコーヒーカップだったよね」

「そうだったかな……。よく覚えているな」

「あの時はゆっくり回してくれたんだよね。私酔いやすいから」

「ああ、そうだったそうだった」

「じゃ、次はジェットコースターに行っちゃおう!」

 大はしゃぎの美羽。でもあの頃はデートしていて、幸せな気分だったな。可愛くて、積極的で、可愛くて、優しくて、可愛くて可愛くて……。

「な〜に? 見とれてるの?」

「い、いや! そんなことは」

「そっかー、ふーん、じゃあ私可愛くないんだー」

「いやいやいや! とっても綺麗だよ!」

「ふふふっ。ありがと!」

 ああ、昔はこんなやり取りをしていたような気がする。確かに俺にもあったんだ、真っ直ぐに美羽だけを想っていたときが。陽菜への気持ちに気付いていなかったときに。


「今日は人が少なかったから、午前中だけでもたくさん乗れたね! 次はどこに行く?」

「そうだなぁ、映画は時間がもったいないから、前みたいにウィンドウショッピングでもどう?」

「いいね〜! じゃ、れっつごー!」

 美羽に手を取られる。ああ、美羽と手を繋いでる……。柔らかくて、温かい美羽の手のひら。以外に小さいんだな。胸がドキドキする。俺、こんな綺麗な女性とデートしてる……。

「あ、あのぬいぐるみ、可愛いな〜……」

「ちょっと待っててよ」

 俺はそのぬいぐるみをレジに持っていく。

「はい」

「わ〜! 大翔くん、ありがとう!」

 俺は、美羽に何をしてやれただろう……。美羽は、俺のことを好きって言ってくれた。付き合っていた頃、俺は美羽のそんな気持ちに応えていただろうか。何か一つでも良い思い出を作ってあげられただろうか。

「ねぇねぇ、やっぱり講義って、難しい?」

「そうだな、真面目に聞かないとついていけないくらい」

「そっか〜。私も難しいの、獣医学科。やりがいがあるからいいんだけどね」

 獣医……。確か美羽の夢だった。ちゃんと夢に向けて頑張っているんだな。努力を厭わない姿はとても眩しかった。それはあの頃も同じだったと思う。


「あ、ねぇ大翔くん。あれ」

「ん……?」

 商店街を歩いていると、美羽にそう声をかけられた。

「あれ、進藤くんじゃない?」

「え? カズヤン!?」

 よく見てみると、確かにカズヤンだった。女の人と二人で歩いている。仲良さそうに腕を組んで歩いている姿は、付き合っているとしか思えなかった。

「そっか、カズヤンも彼女ができたか……」

「進藤くん、いい人だったもんね」

 最近は忙しく、あまり連絡を取っていなかった。カズヤンも、彼女持ち。まえおっちは高三のときに告白された彼女と、今も付き合っているらしい。

「私たちもカップルに見えるかな?」

「そりゃあ、一緒に歩いているんだから見えるんじゃないか?」

 こんなに綺麗な美羽の隣にいるのが、俺で良いのだろうか。いつだって高みにいた美羽に、俺は不釣合いだと……。なぜ美羽と付き合えたのか、今は不思議でたまらなかった。

「えへへー。かっぷる〜」

 今は……今は、美羽に彼氏はいるのだろうか。男なら、誰でも美羽を放っておかないはず……いや、美羽は告白を全員断ってきたよな。顔が可愛いから好きって言われるのが嫌いって言っていたな。美羽は、本当に自分が好きな人としか付き合わないはず。そんな人が、今は……いるのか……?

「どうしたの?大翔くん」

「い、いや」

「ふふ、付き合ってた頃も、大翔くんよくボーっとしてたよね」

「そうだったかな……」

「だったよぉ〜」

 もしいるのなら、このデートは……。しかし美羽のことだから。多分、何かあるのだろう。突然会おうと言った訳も、陽菜のことを忘れてデートしようと言った訳も。

「えへへ〜。大翔くん」

 俺に腕を絡めて寄りかかってくる美羽。好きだった頃は、毎日ドキドキしていた。もちろん今も。それは色々な意味があるけれど……。


「この場所。懐かしいでしょ?」

「ああ、美羽のとっておきの場所だったよな」

 もうすぐ日が暮れる。俺たちは夕日の見える山の頂上に来ていた。

「ここの夕焼けは、相変わらず綺麗だよね〜……」

「そうだな……」

 ここで、美羽とキスをしたっけな。美羽と何度キスをしただろう。俺のファーストキスは、陽菜じゃなくて美羽なんだ。

「ここで確か……………………キスしたよね。私のファーストキス、大翔くんだよ?」

 同じことを考えていた。美羽とは、何でも初めての相手だった。女の子と付き合ったのも、手を繋いだのも、キスをしたのも、抱き合ったのも。

「思えば、私の初めてって全部大翔くんなんだよね〜。ね、女の子の初めてって、すっごくすっごく大切なんだよ?」

 思い出は、消えやしないから。時間が経てば薄れていくものも、いつまでも残っているものもある。

「ね…………今日は、楽しかった?」

「…………ああ、久しぶりで……美羽は変わっていなくて……俺、ごめん、正直に言うと、美羽に会うのが怖かったんだ。どんな顔をして会ったらいいのかって。でも、美羽は……やっぱり……綺麗で、優しくて」

「………………………………ありがと」

 空が暗くなる。そろそろ夜が短くなっていく時期だ。季節は何も言わず移り変わっていく。誰にも干渉されず、ただゆっくりと自分の速さで。でも、人の移り変わりは……その人次第で。いつまでも変わらない想いもあるはずだなんて、そんなことをふと思った。

「ねぇ、大翔くん…………やっぱり私、あなたのことが忘れられないの。今も好き。ずっと好き。……大好き。ね…………陽菜ちゃんのこと忘れて、私と……ずっと…………付き合ってくれませんか……?」

 静かな、美羽からの告白。二度目のそれは、俺の心にとても響いた。美羽は、今も俺のことを……想ってくれているのか? この二年間、俺と会いもしないで、美羽はどのように過ごしてきたのだろう。ずっと……ずっと、俺のことを、好きでいてくれたのだろうか。

「……………………」

「……………………」

 強くあるということは、何よりも難しい。優しさだけでは生きていくことができない。強さがなければ。美羽、俺は……君のおかげで強くなれたんだ。君がいなければ、今の俺はないんだ。美羽、ありがとう。こんな俺と付き合ってくれて、本当にありがとう。

「…………ごめん、美羽。美羽は、俺にとって大事な人だ。それでも、もっと大事な人がいる。俺のことを待ってくれている人がいる。一緒に歩んでいくって決めた人がいる」

「それは、陽菜ちゃん?」

「そうだ。美羽には悪いけど、俺は、俺たちはその分、歩いていこうと思うんだ。だからごめん。俺の答えは…………前と一緒だ」

「大翔くん…………」

 これでいいんだ。人は何度も壁にぶち当たりながら、いつかそれを乗り越えて生きていく。失敗をして、後悔をして、そしてそれを次に生かしながら生きていく。悲しみを優しさに変え、心の傷を強さに変え、人は生きていくんだ。美羽と別れたあの日、俺は決めたんだ。優しく、強い人でいようって。

「大翔くんは、やっぱり私の思った通り、すっごく良い人だった。もし、さっきの答えに『付き合おう』なんて言ったら、私怒ってたよ?」

「美羽……?」

「半分、当たってるんだ、さっき言ったこと。大翔くんのことは忘れない。いつまでも忘れないよ。ただ、けじめをつけようかなって思ったの。まだ少し残っている大翔くんへの想いに区切りをつけるために、今日は最後のデートをしてもらったの」

「…………そっか……」

「ありがとね、大翔くん。今日は、本当に本当に楽しかったよ! 実は今日誘ったのは、二つ理由があって……。一つ目は、さっき言ったけじめをつけるってこと。二つ目は……」

 美羽が左手を俺に見せる。よく見ると。

「え!?」

「へへ、大翔くん気付かなかったでしょ〜。私ね、結婚することにしたんだ」

 美羽の左手の薬指には、確かにそれがはめられていた。

「大翔くんと別れてから、二年くらいは引きずっていたかなぁ。思い出しては泣いて……っていう感じで。それで、私も頑張ろうって、大翔くんとの思い出をそっと心に閉じ込めて。やっぱり少し残っちゃったんだけどね。それは今日のデートで満たされました!」

「え、その相手って、同い年?」

「そう。同じ学部に通っているの。その人も、大翔くんと同じくらい、優しくて良い人なの。もちろん、出会ってすぐには好きになれなかった。失恋……しちゃった後だったし。でもね、私も、一生大切にする人が、一緒に歩んでいく人ができたの」

「そっ…………か〜……。え、ってことは、学生結婚!?」

「うん……そうで〜す。だから、今日はその報告と、結婚式への招待も兼ねて、大翔くんと会うことにしたんだ〜」

「そう……なんだ…………」

 驚きが隠せなかった。美羽に彼氏がいたことにも驚きだったし、学生という身分で結婚することも驚きだった。

「一ヵ月後の日曜日。陽菜ちゃんと一緒に来てね! 絶対だよ?」

「わかった。絶対に行くよ」

 美羽は、新しい道を歩き出したんだ。頑張って、壁を乗り越えたんだ。それは、何よりも強そうで。美羽は、とても大きかった。俺が小さく見えるくらいに、美羽は大きかった。



「なぁ陽菜。美羽、結婚するんだってさ」

「え……? 美羽って……吉村さん?」

「そう。それで、一ヵ月後に結婚式があるから来てくれって」

「そうなの? 吉村さん、大学生だよね?ってことは……学生結婚?」

「ああ、俺も驚いた。まだ二十歳になったばかりなのにな」

 美羽……俺も、陽菜を大切にするよ。美羽みたいに学生結婚はできないけど……。お互い、頑張ろうな。




 一ヵ月後。

「おー、大翔、陽菜さん、久しぶり〜」

「陽菜さん、懐かしいなぁ〜!」

 美羽の結婚式場前で、カズヤンとまえおっちに会う。三人で会ったのは四ヶ月ぶりくらいだ。カズヤンの彼女の話とか、積もる話もあるだろう。

「またいつか三人で遊ぼうぜ。しかしそれにしても美羽さまが結婚するなんてな〜」

「ホントびっくりだよ」

 美羽の結婚式は小さい会場で小規模だったが、興高の仲間を初め、多くの人が来ていた。こんな大人数の前でキスをしたりケーキを切ったりするのかと思うと、緊張して動けなくなりそうだ。

「そろそろ時間だな。入ろうぜ」

 

「新郎新婦、入場です」

 拍手とともに、ドアが開けられる。そこには二人の姿。美羽と、美羽の夫になる人。

「カッコイイなぁ〜、アイツ」

 確かにその人はカッコ良かった。顔なんかで判断は出来ないけれど、美羽が選んだ相手だ。良い人なんだろう。それよりも。

「綺麗…………だ……」

 みんな呆然としている。それもそうだ。ウェディングドレスを着た美羽は、言葉で言い表せないくらい美しかった。今まで見てきた中でも、一番綺麗で。新郎がうらやましく思えるほど、美羽の素敵な姿は目に映えた。

「開式宣言――」

 新郎新婦紹介、ウェディングケーキ入刀、お色直し……。式は順調に進んでいく。美羽は、本当に、本当に綺麗で、涙が出るほど美しくて。結婚式に来て良かったな、と俺は思った。


「次は、新婦のスピーチです」

 スピーチ。親に感謝を伝え、お互いに泣くというシーンをテレビでよく見る。美羽、スピーチ頑張れ!

「…………私には、両親がいません」

 そんな出だしで美羽のスピーチは始まった。両親が、いない。父親がいないことは知っていたが、あれから母親も亡くしたのか。美羽、俺と別れてから四年間、辛かったんだろうな。

「だから、ここである人に感謝を伝えようと思います――」



「私の初めては、今日夫になった恭介さんではありませんでした。初恋も、初めて手を繋いだのも、ファーストキスも、その人でした。その人はカッコ良くて、優しくて、私はずっと好きでした。そんなあなたへの想いが止められなくなり、私は放課後に告白をしました。あなたは後日、『俺でよければ、喜んで』と言ってくれました。あの時の緊張感と嬉しさは、今でも心に残っています。

 それから、私たちは付き合い始めました。一緒に遊園地に行ったり、ウィンドウショッピングをしたり、私は毎日が楽しくてたまりませんでした。私の心の中は、あなたでいっぱいでした。もうあなたのこと以外は何も考えたくない。それくらい好きでした。

 でも、そんなある日、あなたは気付いてしまったのですね、自分の気持ちに。私と付き合っていても、ボーっと幼馴染のその子のことを考えていました。私はそんなあなたに気付かず、いつまでも側にいてくれるのだと思っていました。

 クリスマスイブの日、あなたとデートをしました。あなたはその日、いつも以上に優しくて楽しかったです。思う存分遊びました。そして、その後に公園のベンチへ行きました。冷たい雪が降る中、あなたは『別れよう』と言いました。

 私は、とてもショックでした。涙をたくさん流しました。どうしてもあなたと別れたくなくて、あなたの望む女の子になるからと言い、私は持っていたハサミで髪を切りました。そんな、馬鹿な、曲がった私に、あなたは『私は私でいて』って言ってくれました」

 そこまで言って、涙を流す美羽。俺も美羽のことを想い、同じように涙を流しながらただ美羽のスピーチを聞いていた。

「ねぇ、大翔くん……ぐすっ……私、あなたのことが…………好き、好きでした! 大好きでした! だから、私は……ひっく……ひっく……あなたの幸せを願います。大翔くん、幸せになってね……ひっく……私も、恭介さんと、幸せになるから! 絶対、誰にも負けないくらい、幸せになるから……!! ……ひっく……だから大翔くん、競争だよ。どっちが……先に幸せになれるか…………競争だよ!」

 涙で顔がぐしゃぐしゃになる美羽。そして俺も、ここが結婚式場だということも忘れて、泣きながら叫んだ。

「ああ、美羽……! わかったよ、競争だ! ……うっ……幸せに……なろうな!」

「大翔くん……本当に、ありがとう。思い出と、前に進む強さをくれて本当にありがとう。あなたのことは、ずっと忘れません…………ありがとう……」

 美羽のスピーチが終わる。こんな異例のスピーチに、みんなびっくりしているに違いない。それでも、まばらだった拍手も次第に大きくなり、俺と美羽は顔を赤くしながら、満面の笑みを浮かべていた。



「それではいきますよー! それー!」

 式が終わり、恒例のブーケトス。美羽が思いっきりブーケを投げる。投げたブーケは、こちらに向かっている。

「ちょっと、押さないでよ!」

「私が取るのよ、絶対!」

 ブーケを受け取るのは私だと、女性陣が群がる。花嫁が投げたブーケを受け取ると、その受け取った人が次に結婚できるらしい。

「ほら、陽菜。取ってみなよ」

「うん、頑張ってみる」

 押し合いへし合いの群集の中に落下したブーケは、大きく手を広げた陽菜の元へ。

「ナイスキャッチ!」

「えへへ、嬉しいな」

 向こうでは、何よりも美しい花嫁が、笑顔で手を振っていた。俺も負けないくらいの笑顔で手を振り返す。美羽、結婚おめでとう。俺たちも……

「幸せになろうな、陽菜」

「うん!!!」

 俺は、美羽と競争をしながら、これからもずっとずっと陽菜と一緒に歩んでいくんだ。いつまでも変わらない想いを持って、幸せを掴みに――!





最後までお読み下さり本当にありがとうございました。もしよろしければご意見ご感想の方宜しくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] なかなかせつないですね(ノ_・。)このあとの続編なんか読めたらなと思います(^。^)
2007/11/17 08:08 中野区の男
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