表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春風  作者: 兼田 深瑜
6/12

5.棘

その日の夜、橘家の電話がけたたましく鳴った。

「みっちゃん、昨日はごめんね」


ひと言めから桃代のぶっきらぼうな声が聞こえる。

「なにが?」


私は心当たりがなくて、尋ねた。

「だーから!電車で話してる途中で降りちゃったこと。あんまり楽しそうだから、割り込めなくて」


ああ、そんなこと。

「桃代ったら、律義だねぇ。そんなの、気にしてないよ。大体、桃代の駅に着いたことさえ気付かない私がボケてるのよ」


全く、恥ずかしい限りだ。

「だけど、周りの人に怪しまれたんじゃない?独り言だもん、あれじゃあ」


ハハハ…。本当だよね。だれもいなきゃ、独り言だ。

「それがね、電車に知り合いが乗ってて、私が独り言しちゃってるのに気付いて、横に来てくれたんだよ」


なにを隠そう、その人こそ…

「まさか、その人がみっちゃんの好きな人?」


!!

桃代…。超能力者?

「う…。なんでわかったの?私、まだ何も言ってないよ」


「そうなのね?…『なっち』だっけ?話途中だったけど、付き合ってるの?」


顔が熱くなって来る。

「付き合ってはない、よ。だけどね、兄貴が言うには、多分両想いらしいんだぁ」


私の人生初めての相思相愛ってヤツだ。

人に言うのも初めてで、なんだか心臓がざわめく。

「『多分』?それって、告白もしてないし、されてないってこと?」


う゛っ……。それは…。

そうなんだけどッ。

「まぁ。けど、多分ってところがトキメク、ていうかぁ」


「結局、みっちゃんはフラれないように、『多分両想い』で満足した振りしちゃってるんじゃないの?」


ううっ…。

「桃代、イタイことをズバッと言ってくれるよね」


「ありがと。褒め言葉と受け取っとくわ。…ね、みっちゃん。私は、みっちゃんの事、ずーっと前から知ってるのよ?小学校の時、隣りのクラスの前沢くんと挨拶しただけでハッピーだったり、中学の時、一個上の中田先輩と廊下ですれ違うだけで有頂天だったこととか、全部知ってる。みっちゃんは純粋でかわいいよ?だけど、それでいいの?なっちの事も、前沢くんや中田先輩みたいに、結局期待するだけで終わっちゃって、いいの?…よくないでしょ?」


電話の向こうの桃代の声は、いつもに増して真剣だ。

私の為に真剣に言ってくれてると考えただけで、なんだか、泣きそうだ。

「桃代、よく覚えてるね。前沢くんとか中田先輩とか。私でさえ忘れちゃってた」


「ほらー。なっちもその二人の仲間入りしちゃうわよ、このままじゃ!」


うん、そうだ。

いつもそうだった。

前沢くんはサッカーが得意な子で、いつも校庭を走り回ってた。

周りの男子にも好かれてて、ファンも多かった。

そんなファンの一人になるだけで、幸せな気分になってた。

中田先輩は、生徒会副会長で、朝礼の司会で前に出る度に、ドキドキしてた。

たまに廊下ですれ違っては、キャーキャー騒いでたっけ。

憧れの先輩ってだけだったけど、楽しかった。

本当は二人とも、忘れてなんかいない。

今でもほんのり胸が痛む程度には好きだった。それはそれで良き思い出だけど、なっちが同じになるのはいやだ。

なっちは今までとは違う。

優しくて、爽やかで、そして私の近くにいてくれる。

いつも、私を助けてくれる。そんな人なの。

桃代の言うとおりだ。

このままじゃ、今までの片想いと同じことになっちゃう。ダメだ、絶対。

成ちゃんだって、私を応援してくれてる。桃代も心配してくれてるんだもん。

そして何より、私はなっちの事が大好きなんだ。

私は、右手をギュッと握り締めた。

「桃代、ありがとう。私、なんだか勇気が湧いてきたよ。なっちとは、ちゃんと恋人同士になりたいの。だから、気持ちを伝えるよ」


私の言葉に、桃代は明るい声で言った。

「そうだよ。告白しなきゃ、始まらないわよ。…大丈夫。みっちゃんはかわいいし、話を聞く限りなっちはいい人らしいし、きっとうまく行くよ!頑張れ、蜜香」


頑張れ、蜜香…。

なんだか、やっぱり幼馴染みの桃代に言われると、くすぐったい。

「頑張るよ。話聞いてくれて、ありがと、桃代。おかげで勇気が出て来たよ」


桃代の試験が終わったら会おうね、と約束して私たちは電話を切った。


『なっちとは、ちゃんと恋人同士になりたいの』?

なんで、みっちゃんが?

自問自答してみても、答えは出てこない。

蒸し暑い熱気のせいだけでなく、眩暈を覚えた結花は廊下に立ち尽くしていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ