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春風  作者: 兼田 深瑜
12/12

11.桜

結花となっちが付き合っていて、ゆくゆくは結婚したいと考えている事。

そして、結婚の話をするまでは、橘家に秘密にすると決めていた事。

結花は、俯きながらもしっかりとした口調で説明した。


ここは、成ちゃんの部屋。

いつもなら笑いの絶えない私たちも、今日だけは笑えない状況だった。


私がひとりで勘違いして浮かれてたのが悪いんだけど…

でも、なっちの事好きだったから。


成ちゃんは、なっちと話すと言った。

知った以上は、結花をちゃんと幸せにする気があるのか、蜜香に思わせぶりな態度をしてたのはなぜか、とか聞くことがたくさんあるらしい。


私は、なっちには会いたくなかったし、成ちゃんにも関わって欲しくなかったけれど、なっちは元々成ちゃんの友達なんだし、反対はしなかった。

できるだけ、なっちを忘れようと努力する事に決めたんだ。

春風は、もう吹かない。



「で、蜜。お前はヒカルにお礼言わなきゃな?」

成ちゃんの言葉に、私は深く頷いた。

「ん。ヒカルくんには本当に助けてもらったから、もちろんお礼は言いたい。今日はもう遅いから、明日にでも会いに行きたいよ」

私の気持ちを言うと、成ちゃんはニコッと笑った。

「だな。ヒカルには明日メール打っとく。とりあえず、明日はみんな遅刻せず学校行く事。結花も、もうサボるなよ」

「はーい」

私と結花はハモって、顔を見合わせて笑った。

やっぱり、私たちは兄弟が仲良くしてなきゃダメなんだよね…

そう思った。



成ちゃんの部屋を出て、私は左に、結花は右のドアに向かう。


「結花」

私は呼び止めた。

「昼間は、本当に取り乱したりしてごめんね。私が好きななっちは、もういないから。恋してた気持ちは、もう消えたから。結花はもう、気にしなくていいんだよ」

「みっちゃん…。みっちゃんが、潤平を好きって気付いて、私も葛藤したんだ。だけど、譲る事も諦める事もできなかった。私も本気で潤平を好きなの。…みっちゃんが、好きでも、変わらないんだよ」

結花の声はまっすぐに届いた。多分、私に遠慮するなと言いたいんだよね?

だけど、もう好きじゃないから…


私は、おやすみを言って、部屋に入った。

たくさんの事があった一日だった。

布団に入ると、胸がドキドキしていた。

私、もう好きな人がいないんだな。




翌日は、昨日とうってかわって晴天だった。

そろそろ梅雨明けかもしれない。


結花はバスで学校に通っているから、玄関の前で別れた。

成ちゃんは今日は昼から大学で、午前中は家にいるそうだ。

私はいつものように最寄り駅に向かった。


駅に着くと、桃代がいた。

私は見事な失恋劇を桃代に話した。

桃代は丸い目を一層丸くして、しばらくポカンとしていたけれど(そんな顔さえ可愛いなんて罪だよ)、電車に乗り込むと、にっこり笑った。

「みっちゃんが失恋したのは残念だけど、大人に一歩近付いたのは良かったじゃない?…今、いい顔してるよ」

桃代の言葉には嘘はないとわかっているから、私は素直に嬉しかった。

実際、なっちはもう過去の人で、私は今スッキリしている。今日の空のように。


「で、今日はそのヒカルくんにお礼に行くのね?…3つ下かぁ…なくはないよね」

桃代は真顔でスゴイ事を言う。


「ないない!ないわよ。何を言ってんの」

中学生だよっ?

「えっ?そう?…中学生にしては、しっかりした子じゃないよ。なんか、みっちゃんにピッタリな気がするわよ?…ま、向こうから見たらオバサンか」

…全くそうだよ。




桃代が電車から降りて、私はひとりになった。

この前は、なっちが私を見つけてくれた。

あれは、成ちゃんの妹だから?それとも、結花の姉だから?

…多分両方だ。

少なくとも、『蜜香だから』じゃなかったんだよね。


吹っ切れてるようで、まだ根に持ってるみたいだ。

なっちへの想いというより、私のつまらないプライドだと思う。

はぁ、と小さく溜息をついた。



学校に着くと、真希と小春に校門で声を掛けられた。

「蜜香、おはよぅ」

小春の優しい声。

「おはよッ!」

真希のポンと弾む声。

なんだかホッとする。

昨日までとなんにも変わらない友達…安心しちゃうよね。


「ねね、蜜香の妹のユウカちゃんて、彼氏いるよね?」

真希の言葉に、少し心臓が痛む。

「ん。いるよ?どうかしたの?」

「その彼氏、なんか見た事あるんだけど…どこで見たのか思い出せなくてさぁ…スッキリしないんだよね」

真希がくるくる目を回しながら言う。

「真希ちゃんたら、こないだからずっと言ってるんだよ〜?人の彼氏なんて気にする事ないって言ってるのにねぇ」

小春はふぅと嘆息した。

私は、努めて明るく、

「あ〜。それは多分、橋口酒店で見たんじゃないかな?そこでバイトしてるから」

と言った。

真希は、パッと明るい顔をして、

「そうだ!橋口!あそこで見た事あるんだわ!…ホラ、ハルコ、見た事あるって本当だったでしょ?」

なんて言ってる。

「真希ちゃん、そんな人の彼氏ではしゃいでる場合?残り少ない高校生活で、自分の心配はしなくていいの?もうすぐ夏休みだよ?」

小春のひとことで、一気に気温が下がる。

…くわばらくわばら。

私は、2人に気付かれないように、足早に教室へと向かった。




家に帰ると、ホワイトボードに成ちゃんからのメッセージ。


『蜜へ。

ヒカルにメールしたら、風邪で寝込んでるらしい。

今日は見舞いに変更しよう。

着替えて待ってて。

成実』

とある。


ヒカルくん、昨日の雨で風邪ひいちゃったんだ…

悪いことしちゃったな…

私に上着貸してくれたりしたから…


とにかく、今は支度だよね?

私は部屋に上がった。



夕方5時。

成ちゃんは、真希の実家、『スゥイートレモン』の紙袋を持って帰って来た。

「蜜、支度できてるな?ヒカルにお見舞い買って来たから、すぐ行こう」

真希の実家であるお菓子屋さんは、本当においしい。

成ちゃんの大学が近所だから、たまに買って帰ってくれるんだ。

…そういえば、こないだは結花がここのワッフルを買って帰ったな…。

もしかしたら、なっちに会いに大学に行って、その時買ったのかもしれない。

今まで、ヒントは隠れてたのに、私は気付けなかったんだね。

つい、苦笑してしまう。


「蜜?」

心配そうな成ちゃん。

「なんでもない。行こう」

私は笑った。



ヒカルくんの家は、駅を中心に我が家と点対称の位置にある住宅街の一画にあった。

インターフォンを押すと、優しそうなお母さんが出て来て、

「あら、お見舞いだなんて。橘先生すみません」

と言った。

私は、兄について来た妹で、ヒカルくんの先輩、と紹介された。

どちらも嘘じゃないけど、ヒカルくんと話したのは昨日が初めてって事は想像もできない説明だよね。

階段を上りながら、成ちゃんの紹介にニヤニヤしてしまった。

コンコン、と2回ノックすると、

「はぁい」

と返事が聞こえる。

成ちゃんからのメールで、今日私たちがお見舞いに来る事は知ってただろうから、起きて待っていたのかもしれない。


がちゃりと遠慮がちにドアを開くと、ベッドの上にパジャマ姿のヒカルくんが座っていた。


「成実先生、蜜香さん。わざわざすみません。」

座ったまま、ヒカルくんはペコリと頭を下げる。なんだか辛そうだ。

「ヒカル、そんなのいいから、横になってろ」

成ちゃんは遠慮するヒカルくんを無理矢理寝かせて、枕元のタオルを絞ってオデコに乗せた。そして、

「蜜や結花が熱出した時も、看病はオレの仕事だから、慣れてる。気にするなよ」

と笑った。


成ちゃんの笑顔は、安心できる。私が妹だからじゃなく、誰だってそうだ。

ヒカルくんも、表情が柔らかくなったように見える。


「蜜、ヒカルに言う事あるだろ?…オレ、洗面器の水替えて来るわ」

成ちゃんはそう言うと、席を外してくれる。つくづく、できた兄貴だ。


「ヒカルくん、昨日はありがとう。おかげで、成ちゃんだけじゃなく、結花ともちゃんと話せたよ。なっちの事も、なんだかスッキリした気分なの。本当に、ありがとう」

私は深く深く礼をした。

「それに、雨の中、上着を借りちゃったせいで、風邪を引かせてごめんなさい。聞いたら、来週模試なんだって?勉強しなきゃいけないのに、本当にごめんなさい」


「頭上げて下さい、蜜香さん。オレ、蜜香さんのせいで風邪引いたわけじゃないし、大した事してないです。それより、兄妹仲直りできて、良かった」

横になったまま、息も荒いヒカルくんは、私を気遣ってくれた。

なんていい子なんだろう。

こんな弟が欲しいな、なんて考えてしまう。


「それに、模試だって。志望校を絞るつもりで受ける模試だったけど、もう決めちゃったから、いいんです。オレ、南高校に行きたい。かなり勉強しなきゃ無理だけど、頑張ります」


南高校?成ちゃんの母校であり、私と結花も通う高校。

「南高校かぁ…私は先に卒業しちゃうけど、頑張ってね」


私は深く考えもせず、そう言った。

ところが、ヒカルくんは感動したように言ったんだ。


「オレ、始業式の日から、ずっと蜜香さんを探してました。やっと会えた蜜香さんは、やっぱりとっても温かくていい人で…。成実先生と蜜香さんの母校になる南高校が、目標になったんです」


昨日もヒカルくんは言っていた。前に私と会ったって。

始業式の日?


「あの。ヒカルくん、誰かと間違えてない?私、始業式にヒカルくんに会った覚えないよ?」


すると、ヒカルくんは、始業式の日の朝、駅前でカバンを落とした事。それに気付かず、ひたすら歩いていた事。それをセーラー服姿の『私』に拾ってもらったのに、お礼が言えず、ずっと探していた事を丁寧に説明してくれた。


…いくら私がボケてるって言っても、そんな強烈な出来事は忘れないよね。

と、いう事は。

ヒカルくん、勘違いしてるんだ。


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