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春風  作者: 兼田 深瑜
11/12

10.熱

私の手をギュッと握るヒカルくんの目は、とても真剣で、澄んでいる。

私は、小さくフゥと息を吐いた。

「ん?どうしたの?…あ、手。痛かった?」

ヒカルくんはパッと手を話して、心配そうに私の顔と手を見比べている。

「ううん。違うの。…なんだか、安心しちゃって」

ヒカルくんにどう見えたかはわからないけど、私なりに微笑んでから言った。

…この前、桃代に言われたように、引きつった笑いになってなければいいけれど。

「安心かぁ…。安心するのって、大事だよね、うん」

なぜか納得したように、何度も頷き、ヒカルくんはスッと立ち上がった。

「ヒカルくん?」

呼び掛けると、笑顔のヒカルくんは振り返って言った。

「もう、大丈夫だね、蜜香さん。ちゃんと成実先生にも会えるよね?」

うん、不思議と大丈夫な気がしてる。ヒカルくんの手の温もりも、笑顔も。なんてすごいんだろう。

私のあんなに冷たくなっていた心を、こんなにもポカポカにしてしまうなんて。

私は笑顔で言った。

「大丈夫!ヒカルくんのおかげで元気になったよ。…まだ辛いけど。でも大丈夫」

その言葉に、ヒカルくんは更に笑顔になる。そして、

「よかった。…オレ、あの日の蜜香さんに、やっとお返しができたんだね」

そう言った。





あの日…。そう、あの桜が舞い散る駅で出会ったあの日だ。

初めて天使の蜜香さんに出会った時から気付いていた。

4月の始業式の日、駅で会ったのは、蜜香さんだったんだと。

「あの日?私、前にヒカルくんに会った事あった?」

首を傾げて蜜香さんが言った時、パシャパシャと水の撥ねる音がした。

「蜜香っ!」

それは成実先生が雨の中を駆けて来る音だった。

「成ちゃん…」

蜜香さんの視線は、今はもう成実先生を真っ直ぐに捉えていた。もう逃げない、しっかりした目。

オレの役目は済んだんだとわかった。

「じゃ、オレは帰ります」

2人に言って、オレは傘をさして歩き出した。背中から、ありがとう、と聞こえた。

その声は、成実先生と蜜香さんのシンクロした声で…

オレは安心して振り返らずに帰って行った。




家に帰って、今日の学校での出来事を思い出していた。

今頃は成実先生に全てを打ち明けて、家に帰っているに違いない。

家には妹の結花さんもいる。仲直りできればいいけど…


頭の中をグルグルと回る蜜香さんの顔。オレはその時気付いた。

ヤバい…風邪ひいたかも。




成ちゃんに何もかも話して、私はギュッと目を閉じた。

成ちゃんの悲しむ顔を見たくなくて。すると成ちゃんは、ポン、と私の頭に手を置いて言った。

「蜜、失恋しちゃったんだな〜。ま、人生うまくいかないもんだ」

へ?

目を開けると、成ちゃんの笑顔があった。ちょっとだけ残念そうな…だけど、笑顔。

「成ちゃん…」

「作戦間違ったなぁ。結花に言っとけば良かった。あいつの口の軽さは人一倍だけど、黙っとく事もできるんだな!」

なっちと付き合ってる事を黙っていた結花…。まさかあの子がそんな大きな秘密を持ってたなんて、本当に意外だ。

「オレは蜜も結花も大事に思ってるよ。2人とも幸せになって欲しい。だから、結花が幸せならオレは実は嬉しいんだ」

うん、それはわかる。私も結花には幸せになってほしい。

「だけど、あの結花が付き合ってる事を黙ってたってのが気に入らない。なっちが口止めしてたなら余計に…友達に裏切られたような気がするよ。…なぁ、蜜」

成ちゃんは私の肩をギュッと抱いて言った。

「お前がどんなになっちを好きか、オレもわかってなかったかもしれない。結花も多分わかってなかったと思うよ。だから…」

成ちゃん…うん、わかってるよ。

「私、結花と話してみる。2人じゃまだちょっと無理だけど、成ちゃんもいてくれる?」

成ちゃんは何も言わずに私の頭をクシャッと撫でてくれる。顔は見えないけど、多分泣きそうになっているんだろう。そう思ったら、引っ込んでいた涙がまた私の目に溢れてきた。

そして、2人でしばらく黙って泣きながら、歩いて家へ帰った。







家の前には、結花が立っていた。キョロキョロと道を見渡してしたが、オレたちに気付くと、駆け寄って来た。


「みっちゃん!!心配したんだよ!…傘は持ってないし、カバンはリビングに置きっ放しだし…帰って来ないしっ」

安心したのか、涙が頬を伝っている。

「私がっ…私がみっちゃんを傷つけたからっ」

しゃくりあげて、言葉にできないでいる結花。

蜜は、そんな結花に手を差し出した。

「とりあえず、休戦。家入ろ?お腹空いちゃった」


蜜の笑顔に、結花はホッとしたように頷いた。

オレは、妹たちを今日ほど誇りに思った事はない。


家には母親が帰っていて、リビングに入ると、キッチンからひとこと。


「お風呂沸いてるわよ」


と言った。

包丁を持つ手に迷いはないが、表情でホッとしているのがわかる。


幼いころから、オレたちはずっと3人で家にいた。

ケンカをしたり、泣かしたりした事もあるけれど、妹たちがオレに懐いてくれているのは、ずっとオレが親代わりだったからだと思う。


両親は、オレに任せきりだった負い目があるのか、オレたちの問題に首を突っ込もうとはしない。

けれど、冷たい親だとは思わない。

きっと、オレたち3人で大丈夫だと信用してくれているんだ。


今の母親を見たら、それがわかる。

本当は干渉したいに決まってる。

結花は雨の中、外にいるし、蜜はびしょ濡れだ。

心配だったに違いないが、何も言わないようにしている。


オレは、自分が大人になったのは、このいつも忙しい親と、可愛い妹たちのおかげだな、とこっそり思った。




「蜜、とりあえずお前から風呂入れ。次は結花な?」

オレが2人の肩をポンと叩くと、2人とも同時に頷いて、それぞれの部屋に引き上げて行った。




2人が風呂に入っている間に、ヒカルからメールが届いた。


『蜜香さんは大丈夫ですか?結花さんと話せそうですか?』


中学生のあいつにも、随分世話になっちゃったな。

自分の妹の事になると、落ち着くという事ができないから、今日はあいつがいてくれて本当に良かった。


『今日はありがとう。蜜も結花も今は休戦中だ。

とりあえず、風呂入って夕飯食べたら、話し合いかな?

…ヒカル、本当にありがとう』





成実先生からの返信を見て、オレは安堵から、すっと眠りに吸い込まれていった………



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