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第三章 完全者の不完全性   【一九九九年・東京】  Ⅳ-ⅱ

……振動を感じる。

 



僕は、揺れている……。

 




……聞こえる。

 




機械の音が聞こえる。

 




規則正しい振動。


規則正しい音のフレーズ。


 



……今、僕はどこにいる……?





「気がついたみたいだな」

 

目を開けると歩美ちゃんがいた。


「ここはどこ?」


「車の中だ」


 

車……? 

 


窓の外には、夕日に赤く染まったビル群が見えた。


そして、車の流れは、僕が同じように車の中にいることを教えてくれた。


ただ、これまで見慣れた車窓の風景とは違う点があった。





異常にスピードが速かった。





右に左へと次々と他の車を追い抜いていく。


ここが高速道路だとしても、明らかに法定速度を超えてきた。


今気づいたが、僕が乗っているのはジャガーだった。


そして、それを運転しているのは柚木さんだ……見事な違法ドライビングテクニックである。


そして、何故か僕はタキシードを着ていた。





「状況の把握は終わったかい?」





「……うん、客観的事実は把握したけど。これって警察に捕まらないの……?」


「ま、大丈夫だろ。蘭の運転技術を信じてやれ。もし、それにこの車の名義は別人になっているから、もし、何かあったとしてもその人間がなんとかしてくれるだろ」


「……なるほど」


 



この人達に、何を言ったとしてもムダであることがわかった。






「それにしても本当に良かった。気絶していたから心配していたんだぞ」


「ごめん……心配かけ……って! そうじゃないでしょ! 歩美ちゃんが僕を気絶させたんでしょ!」





完全に覚醒。

 




前後がつながった。

 

僕は、歩美ちゃんの命令によって柚木にパンツ一枚にされた上に気絶させられたのだ。


「覚えていたのか……」


「覚えているよ!」


「そう興奮するな。鼻毛が出ているぞ」


「ほんとっ!?」僕は、両手で鼻を押さえた。


「嘘だ」


「……」


言葉が出なかった……いつものことなのに、また歩美ちゃんのオチョクリに乗ってしまった……自分が情けない。


歩美ちゃんは、口を噤んでいる僕を愉快そうに見ていた。


……ほんと、前後の文脈を切り離して、顔だけ見ていればスゴイ美少女なんだけどな……中身に問題がありすぎる……。


「蘭、あとどれぐらいで着きそうだ?」


「五分ぐらいです」

 

そうだった。


今僕は、歩美ちゃんの言う『どこか』に向かっているのだった。


でもその『どこか』ってどこだ? 歩美ちゃんにその疑問をぶつけてみることにした。


「で、そろそろ教えてくれもいいんじゃない。いったいどこへ向かっているんだい?」


「着けばわかる。もう少し待て」


「……ケチ」


「けちだと? もう一度言ってみろ」


「何度でも言ってあげるよ。ケチ、ケチ、ケチ、ケチ、ケチ、ぐほぉ!」

 

歩美ちゃんの右ストレートが僕のわき腹にめり込んだ。

 




……だ、だから、歩美ちゃん……いったいキミのその小さな身体のどこにそんな力があるんだい……。





「センセ、口は災いのもとだぞ。それに、私も行き先は知らないんだ。今日のは、全て蘭の発案だからな。わかったか?」 






「……はい、了解であります……」


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