第三章 完全者の不完全性 【一九九九年・東京】 Ⅲ-ⅲ
……気づいたら、部屋には僕しかいなかった。
柚木さんはいつのまにか部屋から出ていったみたいだ。
僕は、柚木さんに醜態を見せた。
「狂っている」と思われたかもしれない。
やはり、僕は変化についていけてはない。
ひどく不安定になっている。
今精神科に行けば、なんらかしらの『病気』と診断されるかもしれない。
しかし、頭の『病気』というものは、その状態を『病気』と定義すればそうなるのだ。
つまり、同じ程度の症例であっても、方や正常、方や異常ということもありえる。そして、そもそも『個性』とは奇形なる精神であることを思えば……僕は、正常だ……と思う……論理的にではないが……。
柚木さんには、かってにピアノを触ったことを含めて明日誤ろう……そうだ……そうしよう……。
壁にかかっている時計を見ると、もう日付が変わっていた。
眠たくはない。
眠れそうにない。
しかし、僕はベッドに仰向けに倒れて目を閉じた。
自分の心臓の音が異常に大きく聞こえる。まるで僕の身体を突き破って外へ出たがっているようだ。
まったく笑える話だが、そんな妄想も、今の僕の頭の状態ではひどくリアルに感じる。
妄想にリアリティを感じるようになったら、さすがにもう『病気』だろう。まったく笑える話だ。
僕は、ゆっくりと深呼吸を繰り返し、落ち着きを取り戻そうとした。
眠りは、いつのまにか訪れた。




