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#つこのべ  作者: つこさん。


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ただ、それだけ。


Nolaノベル内のこっそりイベント

#20260228三題噺

に提出した、800文字ショートショートです

お題:「七味」「白梅」「指輪」


「素うどんにね、少しだけかけるのがいいの」

 そう言ってあなたは、湯気が立つ鉢へゆず七味をかける。うつむいた耳元からヘーゼルの髪が落ちて顔を隠す。そのまま直さなかったのは、隠したかったからかもしれない。

 あなたが好きだと言っていたから置くようにしたそのスパイスは、この店の小さな名物にもなって、多くの常連客の舌を楽しませて来た。ここで食べたのがおいしかったから、自宅用に買ったと報告してくれる人もいる。特徴のない店に、あなたが色をつけてくれた。

 左利きのあなたがキャップを取るとき、白梅のように品のいい手から指輪が消えていることを見て取った。けれど、気づかないふりをした。僕とあなたは、いつもカウンター越し。あなたはなにも言わないし、僕はなにも聞かない。そういうものだから。

「この店は、変わらないから、ほっとする」

 あなたのその言葉に、僕は口端を上げて笑顔を作る。

 気づいていたよ。泣き腫らした目。きっと直したばかりのメイク。あなたがこの店に求めるのが変わらないことならば、僕とあなたはずっとこの距離感で言葉を交わそう。きっと僕は鈍感で、近視で、あなたのことはよく見えない。それでいい。

 それでも。うどんをすすりながら、あなたがぽろぽろと泣き始めたから、僕はかなり動揺したんだ。

「どうしたの、どこか痛い?」

「……ゆず七味、入れ過ぎちゃった」

 みえみえの言い訳だったけれど、きっと僕は鈍感だから、それをそのまま受け取るんだ。お冷をピッチャーごと渡して、ティッシュボックスも目の前に置いて。

 ただそれだけ。それでいい。

 そういうものだから。

「辛いなあ」

 取り替えようか、と言っても、あなたは首を振った。

 鼻をかんで、水を飲んで。泣きながらあなたは食べる。

「今日は、これがいいの」

 わかったよ。

「おいしいねえ」

「ありがとう」

 ただ、それだけ。

 それでいいと思うんだ。


評価


>特徴のない店に、あなたが色をつけてくれた。

ここ、光る文章ですね。センスを感じます。


評価B+

物語の前振りなく、冒頭からこの二人の関係性や空気感を伝えられている点が良いですね。ショートショート作品として、読み応えがあり読後感も素敵でした。

主人公の静かな愛情が淡々と表現されている文章、内側の情感が匂い立つような場面の切り取り方、文字数と文章のバランスもとても良いと思いました。

欲を言えば、ふたりの関係が少しでも前に進む展開があると、さらに胸キュン要素が足されてよかったかなと思いました。


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― 新着の感想 ―
この、恋という名を与える一歩手前の、切なく繊細な情感。 半歩でもいいから踏み出せばいいのに、悲しんでいる相手を慮り、そして今の自分に自信を持てきれず踏み止まる、優しくてちょっと臆病な主人公。 つこさん…
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