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第3章 教育実習 忍びよる影



GW最終日。


青と蒼太は青の実家から、


アパートに着いていた。




GWが終われば、またいつもの日常が始まる。


教育実習、教員採用試験の準備、


蒼太のバイト。



それでも――


ふたりの胸には、


今日までの温かい記憶がまだ残っていた。




その中、青は手際良く、


荷物の整理と明日の予定の確認に余念がない。




その一方、




蒼太は荷物を片付けることなく、


外の街の灯りを遠く見つめている。




(‥‥蒼太?)




「蒼太、お疲れ。大丈夫か?疲れてないか?」




「大丈夫ですよ。なんか……


 余韻に浸っちゃって‥‥」




窓に映る横顔は、少し寂しげで、


どこか柔らかい。




「先輩の家族、みんな素敵な人たちでした。


 ……先輩の家族ですもんね」




ぽつりと言ったその声には、


ほんの少しだけ羨望がまじっていた。




「先輩のお父さん……優しい人ですね。


 お母さんや家族を温かく見守っていて。


 なんか‥‥


 先輩とそっくりだなって思いました」




「そっか」




蒼太は、そこでふっと表情を曇らせた。


街の喧騒にかき消されるかのような


小さな声でつぶやく。




「……僕の家族なんて……」




青は聞き逃さなかった。


はっきりとは聞こえなくても、


その言葉に滲む寂しさだけは、


胸に刺さった。




「……そういえば蒼太の家族は──」




その瞬間、蒼太がハッとして割り込む。




「あっ!先輩の卒アル見るの忘れました!!」




「あっ!卒アルのことは、


忘れててよかったんだよ!」




「また先輩の実家に帰る理由できましたね!」




「やめろーー!忘れてくれ!!」




部屋の中はふたりの笑い声が広がる。


さっきまでの影が嘘のように明るい。




――けれど。




(……蒼太は、


 家族のことをほとんど話さない、


 そう言えば高校の試合にも、


 蒼太の家族は来ていなかったような


 気がする)




(俺が聞こうとしても、


 いつも自然に話題をそらす‥‥


 “言いたくない”のか、“言えない”のか……)




蒼太の笑顔が眩しいほど、


その裏に隠れたものが気になってしまう。




(……いつか蒼太の口から聞ける日を、


 急かさずに待とう)




そう静かに思う。




ふたりは、“いつもの日常”へ向けて走り出す。


その先にある、


まだ語られていない蒼太の過去を抱えたまま。




* * *



大学・教務室




教育実習の打ち合わせのため、


青は大学の教務室へ向かった。




春の午後、


柔らかい日差しが差し込む廊下を歩きながら、


胸の奥がそわそわと落ち着かない。




(ついに……母校に戻れるのか。)




蒼陵高校。




青にとって、青春そのものの場所。


汗と涙と友情が詰まったグラウンド。




佐々木コーチ、角石、高橋。


そして──蒼太と出会う前の自分。




「佐伯くん、教育実習先の希望、通ったよ」




担当教員の声に、青の胸が高鳴った。




「本当ですか……!?」




「うん。蒼陵高校。

 

この名前、懐かしいねぇ。」




控えめに笑う青の頬が少し熱くなる。




「ただね、佐伯くん。


 言っておくけど……


 保健体育の実習は特別にキツいよ」




「はい、覚悟してます」




「部活の指導も入るだろうし、


 レポート量は一番多い部類になる。


 それに……」




担当教員はペンを置き、真剣な顔で続けた。




「実習が終わったら、


 すぐ教員採用試験でしょ?


 体力的にも精神的にも、


 本当にキツい時期になるよ」




プレッシャーをかけるためじゃなく、


青の未来を心から案じた言葉だった。




青は拳を握り、強くうなずく。




「……ここが踏ん張りどころだと‥‥

 

思っています。」






夕方




青がアパートへ戻ると、


部屋はまだ暗かった。




(蒼太、まだ帰ってないのか)




最近、蒼太の帰りは遅い。


バイトのシフトが増えたようだが、


理由は言わない。




(……また無理してるんじゃないか)




青はため息をつきながら、


冷蔵庫に水を取りに立った。




教育実習が始まれば、


自分こそ帰れなくなる。



蒼太とゆっくり夕飯を食べる日も


減ってしまう。




(俺が実習で忙しくなる分、


 蒼太に寂しい思いをさせるのは嫌だな……)




そう思うと、


胸の奥が少しだけチクリと痛んだ。




「ただいま……」




21時を過ぎたころ、


蒼太が疲れた声で帰ってきた。


髪も服も少し乱れている。


以前より、表情がどこか固い。




「おかえり。


最近バイト多くない? 大丈夫か?」




「あ、うん……大丈夫ですよ。


 明日から実習でしょ、


 先輩。楽しみだね、蒼陵高校」




蒼太は無理に笑った。




青はその笑顔が少しだけ痛々しく


見えてしまう。




「蒼太……


俺、実習が始まったら帰るの遅くなる。


ほんと申し訳ない」




「大丈夫ですよ。


 僕のことは気にしないでください。


 先輩、夢に向かってるし」




そう言いながら蒼太はキッチンへ向かうが、


少しよろけて青が思わず腕を掴んだ。




「おい……ほんとに大丈夫か?」




「へへ、大丈夫。ちょっと疲れただけ」




無理している笑顔の奥に、


青は違和感をわずかに感じた。






翌朝。




早朝。


青がまだ着慣れないスーツに袖を通すと、


蒼太が眠そうに起きてきた。




「先輩……もう行くの?」




「あぁ。じゃあ、行ってくるよ」




玄関で靴を履く青を、蒼太が見送る。




「先輩、いってらっしゃい」




その声のトーンが、


いつもより少し低かったように感じた。


蒼太の顔は……ほんの少しやつれて見えた。




でも青は、


気づきながらも気づかないふりをしてしまう。


今日から始まる教育実習に、


心の余裕が奪われていくから。




(蒼太……大丈夫だよな)




青の不安と期待が交差しながら、


蒼陵高校への道を歩き出した。




──この日から少しずつ、


2人のすれ違いが始まってしまうことを、


まだ誰も知らなかった。




* * *




蒼陵高校・正門前




懐かしい校舎が見えた瞬間、


胸の奥がじんわり熱くなる。




(帰ってきた……俺の原点に)




グラウンドの音、風の匂い。


いろんな思い出が押し寄せてくる。




前を見ると、すでに実習生らしき2人の姿が。




野球部の同期でかつての元ライバルであった、


角石剛志と高橋智也だ。




そして——




「おっ、佐伯じゃん!」




角石が手を振る。




「えっ……角石? 高橋?」




高橋も柔らかく笑った。




「久しぶりだね、佐伯」




角石が全力で走ってきて、


青の肩をバシッと叩く。




「マジ久々!


前会ったの大学2年のOB会ん時だろ?


こんなとこで佐伯に会うとか、運命かよ!」




「ほんと。


実習で佐伯に会うとは思わなかったよ」




「お前ら……元気そうだな。


 てか、まさか2人とも教育実習?」




「そうそう! 今日から俺らも蒼陵なんだよ。


 よろしくな」




「偶然だね。こういうのちょっと嬉しいよ」




「……相変わらず仲良いな、お前ら」




「まぁな! 大学でもずっと一緒にいるし!」




「うん。剛志が騒がしいから、


 退屈しなくていい」




三人は互いに近況を話し合う。




「大学野球はめっちゃ楽しいぞ。


プロの話ちょっとあったけど断ったわ」




「お前、プロ断ったのか?」




「だって俺、卒業したら実家の店継ぐし。


まあ、体育教師の免許は取っておいて


損はないだろ。


もう充分野球はやりきったし、


俺、料理も野球と同じぐらい好きだしな!」




「角石の実家って洋食屋だったよな……


 意外と堅実的なんだな」




「だろ!


 俺、中身は真面目なんだよ!」




「俺はプロとか全然無理だし。興味もないよ。


 大学野球は……剛志がいるから楽しいだけ」




「だろ〜? 俺がいるから楽しいんだろ?」




「まぁね。


 就職もほぼ決まったよ。


 いまのバイト先の立川駅前の、

 

 複合型総合ジム。


 そのまま正社員トレーナー」




「いまSNSで話題のやつな! 


 おお、すげぇな」




「ありがと」




「マジで智也の人気やばいんだよ。


 女の人めっちゃ来るし!」


 指名料半端なくて、


 既に正社員より稼いでるしな」




「仕事だからね。


 ……まぁ、教育実習の経験は、


 仕事に活かせるし……


 決めては、


 剛志が行くって言ってたから来た」




「智也! それ今言う!?」




「ははっ……お前ら本当仲いいな」




「佐伯は? やっぱり体育教師になるの?」




「あぁ。俺は教師になって、


 いつかは野球部のコーチにもなりたい」




角石が青の肩をガッと掴む。




「佐伯、その夢まだ持ってんのか!


 あの時も言ってたよな!」




「覚えてたのかよ」




「覚えてるっつーの。


 あの時の佐伯、マジでかっこよかったし」




「うん。佐伯は絶対向いてるよ」




「……ありがとな」




高橋がふと尋ねる。




「そういえば……岡谷は元気?」




「あぁ。仲良くやってるよ。


 最近ちょっと疲れてそうだけど……


 まぁ、大丈夫だろ」




「岡谷って絶対無理すんじゃん。


 ちゃんと見とけよ?」




「そうだね。佐伯が思ってるより、


 あいつ繊細だから」




「……あぁ。わかってる」




胸の奥が、少しだけざわついた。




(蒼太……いまごろ大学かな‥‥)






全体ミーティングが終わり、


実習生たちは担当教科ごとに分かれていく。




青は胸の中に少し誇らしさを抱えながら


立ち上がった。




(保健体育の実習……いよいよ始まるな)




「よし、行くぞ佐伯! 智也!」




「緊張するね……


 でも、佐伯と剛志がいると心強いよ」




「お前ら……大げさだろ」




3人は軽く笑い合いながら、


体育館奥の準備室へ向かった。




体育準備室




広いはずの準備室は、


どこか懐かしい匂いがした。




「保健体育志望……俺ら3人だけっぽいな」




「マジか! 気楽でいいじゃん。


つーか、


ここ来るの卒業式以来とかじゃね?」




「うん、懐かしいね……


 ちょっとだけ戻ってきたって感じする」




そんな時——




ガラッ!




大きな音とともに、豪快な声が響いた。




「よぉーーーー! お前ら、久しぶりだな!!」




「佐々木コーチ!」




「うわっ、本物だ! コーチじゃん!」




「ご無沙汰してます……!」




佐々木は3人の肩を順番にバンバン叩く。




「お前ら同時に実習とか奇跡だわ!


 担当は俺な! よろしく頼むぞ!」




「マジっすか! 一番嬉しいやつ!」




「安心した……。


知らない先生じゃなくてよかった」




「よろしくお願いします。コーチ」




「任しとけ! お前らなら余裕よ!」




再会の空気は、


一瞬で準備室を明るく温めた。





佐々木コーチはホワイトボードの前に立ち、


やたらテンション高く授業計画を並べ始めた。




「まずは見学! 次に補助!


 それから部分的授業!


 最終日に通しで授業やるぞ!


 順番にやりゃ失敗しない!」




(うん……あいかわらずテンポがすごい)




「コーチ説明うまっ!」




「聞いてて安心する……」




しかし佐々木は急に語り出した。




「まぁ俺の時はよ……


 パワハラ教師に


 意味わかんねぇ雑務ばっか


 押し付けられてな。


 体育館の天井のクモの巣取りとか、


 なんで実習生がやんだよって話よ!


 あとな〜〜」




(始まった……うんちくタイム)




「それさっきも言ってましたよ!コーチww」




「そりゃ言うわ! 一生忘れねぇ!


おかげで俺、


 “実習生には絶対無駄なことさせない教師”


になるって心に決めたんだよ!」




「……コーチ、そういうところ好きです」




「だろ!?


 まぁそんな感じでカリキュラム


 通り進めるわ!


 安心しろ、俺が全部フォローしてやる!」




3人


「「「はい!!」」」




明るい笑い声が準備室に響く。




そして、この明るさが——


後の“影”を際立たせてしまうことを、


誰もまだ知らなかった。




そして、夕方になり。




「よし!


 今日は初日だし早めに切り上げっぞ!


 明日からはジャージ着てこいよ。


 あとな……野球部も見てもらうから、


 そのつもりでいろ!」




「マジかよ、楽しみじゃん!」




「……楽しみだね」




「よろしくお願いします」




「任せとけって! お前らならできる!」




明るい笑い声のまま、初日は幕を閉じた。 






3人で準備室を後にしながら、青はふと思う。




(今日は早く帰れそうだ。


 はやく蒼太に会いたい。


 ……最近、元気なさそうだったし)




ふと気づく。




「あれ、角石と高橋……


 バス、乗らないのか?」




「あ、言ってなかったっけ。


 オレらさ、


 野球部の寮の予備室使わせてもらうんだよ。


 OB特権な。立川から毎日通うのキツいし」




「……うん、朝起きれないし、無理」




「佐伯は大宮だろ? 近くでいいな」




「そうか。じゃあ明日からもよろしくな」




「おぅ!」




「うん。また明日」




3人はそこで分かれ、


青はアパートへ向かった。




* * *



アパートに帰宅する青




(こんなに早く帰れるの、


きっと今日だけだよな……)




玄関の灯りは消えていた。




「……蒼太、まだ帰ってないのか?」




ちょうどその時、鍵の回る音。




「あっ……先輩、おかえりなさい!」




「おぅ、ただいま……蒼太。


 今日もバイトか? 大丈夫か?」




蒼太は慌てて笑顔を作った。




「授業が最近忙しいだけですよ!


 たまたまシフトが重なってるだけで……


 来月から調整しますから、大丈夫です!」




「そうか……ならいいけど」




「そんなことより! 実習どうでした?」




「あぁ、久しぶりで嬉しかったよ。


 角石と高橋がいて、


 佐々木コーチが担当でさ。


 懐かしい話になって……」




青は今日の出来事を笑顔で話す。




蒼太は、少し寂しそうに、


でも必死に明るく頷いた。




「……いいですね。


 僕もみんなに会いたいな。


 先輩の夢、応援してますよ」




「……ありがとう。


 でも、明日からはこんなに早く帰れない。


 ごめんな」




「大丈夫です。


 僕のことは気にしないでください」




(……おかしい。


 以前の蒼太なら、


 絶対ちょっとは寂しがったのに。)




見えない違和感が、胸に薄く広がる。




翌朝。




「じゃあ、行ってきます」




「いってらっしゃい、先輩」




その声は明るいけれど、


どこか “力の入っていない優しさ” だった。




青は気づきかける。


でも、気づかないふりをしてしまう。




これはまだ、ほんの始まりだった。




本格的に実習が始まる


覚悟はしていた。


でも、現実はそれを簡単に超えてくる。




保健体育の実習は、


他科目より準備、雑務は多く。


朝から授業見学、指導案作り、


指導教員との打ち合わせ。




放課後は野球部の見学に付き添い、


帰宅しても山のようなレポートと日誌。




寝ようとしても、


レポートの締切が頭から離れない。




(まずい……時間が足りない……)




アパートに帰っても蒼太との会話は減り、


青はいつもパソコンのキーボードを叩き続けていた。




睡眠三時間の日も珍しくなかった。




休日でさえ、


野球部の指導と観察記録で丸一日つぶれる。




プライベートなんて存在しなかった。




角石は“体力お化け”と言われていたが、


目の下のクマは隠せていない。




「……やべぇ。さすがに疲れた」




高橋はもっと深刻だった。




「眠……無理……はぁ……」




「お前ら、顔死んでんぞ!?」




と佐々木コーチ笑ってはくれたが、


3人とも心はギリギリだった。




そして、実習は後半に差しかかった。






体育準備室 夜



青は、静まり返った準備室で


ひとり明日の授業の準備をしていた。




時計を見ると——


最終バスの時間が迫っている。




そこに角石と高橋が入ってくる。




「おい、佐伯まだいたのか?


 最終バス、もうムリだろ」




「あっ……しまった。


 タクシー使うから大丈夫」




「タクシーはもったいないよ。


 それより……佐伯、帰れる体力ある?」




「……正直、きつい」




「なら寮に泊まれって。


 隣の部屋あいてたぞ?


 佐々木コーチに聞いてくるわ」




「ね。今日だけでも寮で休んでいったほうがいいよ」




青は迷った。


本当は帰りたい。蒼太に会いたい。


だけど——




身体が、動かない。




「……今日だけ、なら」




蒼太に電話する青。


蒼太はすぐに出た。




『もしもし……先輩?』




「あぁ。蒼太……ごめん今日は寮に泊まるわ。


 終バス逃しちゃって」




一瞬の間。




『——大丈夫ですよ。


 なんなら、明日から、


 しばらく泊まればいいじゃないですか?』




「……え?」




いつもなら


“寂しいです”


“帰ってきてください”


そう言ってたはずなのに。




蒼太の声は、


妙に明るいのに、妙に冷たかった。




(おかしい……こんな言い方、蒼太じゃない)




「ごめん……明日は必ず帰るから」




『大丈夫ですよ。


 先輩は先輩のこと優先してください』




その声は、どこか、遠かった。




青は電話を切った後も、


胸の違和感が消えなかった。




(蒼太……絶対、無理してる)




しかし青には、


それを追う心の余裕は、もうなかった。




実習のストレス。


身体の限界。


話さなくなってゆく2人。




気づかぬうちに、


蒼太の“心の灯り”は少しずつ削れていった。




そして、この夜から


2人の距離は静かに開きはじめる。




* * *




実習は後半に入り、


青の体力と気力はギリギリだった。




指導案、授業準備、ミーティング、部活指導——


毎日が終電のような感覚で、


寮に泊まる日が増えていった。




そのたび、青は蒼太とLINEを交わす。




『今日も寮泊まることになりそう…ごめん』




『了解です』




(絵文字なし。句読点なし。


 短すぎる返事。


 “いつもの蒼太”じゃない)




(……蒼太‥‥)




胸に重たい違和感が広がる。




体育準備室。



角石は、


机にへばりつくかのようぐったりしている。



「きっちぃ〜〜……でももうすぐ終わるし……」




高橋も同様だ。



「……朝、もう起きれない……ほんと……」



「智也、もう起きる気ゼロじゃん」



笑ってはいるが、


3人とも目の下は真っ黒だった。




そこへ佐々木コーチ。




「お前ら、大丈夫か?


 顔死んでるぞ。


 もう今日は早めに切り上げるか。」




「マジっすか!? 助かる!!」




「コーチ神……今日は10時間寝る……」



「お前らは優秀だよ。


 このままなら問題なくクリアできる。


 ……今日は帰れ」




「ありがとうございます……」




 (よかった。蒼太に会える……)




青は急いでスマホを開き、


蒼太にLINEを送った。




『今日は早く帰れる!


久しぶりに一緒に飯行こう!』




しかし——既読がつかない。




不安を押し殺しながら、


青はアパートに急いだ。




* * *



アパートの玄関を開けて、青は驚愕した。




「——蒼太……いない……?」




部屋は散らかり放題だった。




食卓には書類が積み上がり、


脱ぎっぱなしの服、飲みかけの水、


コンビニ弁当の空き容器。




(こんなの……蒼太じゃない。


 絶対、これは普通じゃない)




胸がざわつく。


手が震え始める。




その時——


バサッ、と紙の束が青の足元に落ちた。




「……これ、求人のコピー?」




数ページに赤丸。


現金日払い、深夜シフト、短期高収入。




(蒼太……なんでこんなの……


 学費? 生活費? 何に悩んで……?)




そして机に置かれた


“開封済みの封筒”に気づく。




差出人は——大学。




「……成績通知……?」




悪いと思いながらも、手が勝手に動いた。




中を見た瞬間、青の心臓が落ちる。




そこには——




落単の山。


必修はギリギリ。


あと1つ落とせば留年確定。




「……は……?」




言葉が出ない。




足が震える。




視界が揺れる。




(なんだよ……蒼太……


 学校……行ってなかったのか……?


 なんで……なんで俺に言わないんだよ……


 なにを一人で……抱えてんだよ……?)




胸の奥が、


ぎゅうっと潰されるように痛んだ。




不安が形になって、


青の目の前に


“現実”として現れた瞬間だった。

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