第2章 帰郷
GWのアパート。
外は初夏の空気なのに、
青のデスク周りだけは
完全に“受験前”の空気だった。
ノートPC、プリント、参考書、
教育実習の案内書類……
そして、
ところどころに蛍光ペンで線を引いた紙の山。
蒼太は青に声をかける
「先輩、すごい山ですね、
普段すごい几帳面なのに」
青は書類の山をかきわけながら、
眉をひそめていた。
「……くそ、どこいった……」
「先輩、何探してるんですか?」
「ああ。中学んときの野球ノート。
県選抜の頃のやつ。
大会の内容とか、自分の反省書いてた」
「えっ、先輩、県選抜だったんですか!?
初めて聞きました!」
「そうだっけ?話したことなかったか?」
「ないですよ!
先輩、自分の経歴に無自覚すぎます!
普通なら高校のとき絶対自慢してますよ!」
青は照れくさそうに頭をかく
「いや、別に……昔の話だし」
そんなことを言いながら、
青はスマホを確認する。
「……あ、実家からメール。
やっぱりノート、実家にあるって。
送ってもらってもいいけど……
最近帰省してねぇし、取りに帰ろうかな」
「先輩、行ってらっしゃい。」
「……蒼太」
少しの沈黙。
青がゆっくり顔を上げた。
「……一緒に帰るか?」
「…………えっ?
い、一緒に、ですか?」
「うん。
両親に、蒼太をちゃんと紹介したいし」
その瞬間――
蒼太のびっくりして、顔を赤らめる
「ん? 蒼太、どうした?
顔赤いぞ?」
「あ、ああの、紹介って……
その……“あれ”ですよね!?
人生の大事な……あれ……!!」
「……あれって……
ああ……そういうことか」
じわじわ理解した青の顔が、
ゆっくり赤く染まっていく。
「……まあ、そうだよ。
家族にちゃんと会わせたいって思ってたし。
時期的にも……丁度いいし」
「せ、先輩……!!
無自覚すぎません!?
こ、これ……
プロポーズみたいな言い方じゃないです
か!!」
「ち、違っ……いや……
違わねぇのか……?
あーもう、なんか恥ずくなってきた……!」
青が耳まで真っ赤にして目をそらす。
そんな青を見た蒼太は――
胸の奥が、爆発しそうになった。
「せ、先輩……
僕……
ちゃんと
ご挨拶できるように準備します……!!」
「そんな気負わなくていいよ。
いつもの蒼太で来てくれればいい」
「ムリです!
だって……先輩のご両親に……
“恋人として”会うんですよね……?」
「…………ああ。
そのつもりだよ」
「…………っ……!!」
蒼太は泣きそうになりながら、
青にぎゅっと抱きついた。
「お、おい……」
「先輩……大好きです……」
「……っ……
俺もだよ、蒼太」
ふたりの距離が、
またひとつ深くなった瞬間だった。
* * *
帰郷当日
GW後半。
俺は蒼太を連れて、
群馬の実家へ帰省することにした。
2泊3日の小さな旅だ。
県内最大のターミナル駅に着いたあと、
そこからローカル線へと乗り換える。
最初のうち蒼太は完全に旅行気分で、
車窓を覗き込みながら
明るくしゃべり続けていた。
「先輩、この駅の看板かわいいですね!
あと、この電車…車体の色おしゃれ!」
「お前、田舎の電車に
おしゃれとか言うやつ初めて見たぞ」
そうやって笑っていた蒼太だが、
列車が山間へ向かうごとに、
蒼太の口数が少しずつ減っていった。
外の景色は、ビルから畑へ、
そして森が近付く田舎の風景に変わっていく。
「蒼太、大丈夫か?
もしかして酔った?」
「いえ、大丈夫です……!
ちょっと……緊張してきただけで」
「え、緊張!?
大丈夫だよ。
蒼太連れてくるって
親にはもう言ってるから」
「あの……あの……
恋人のことは、
まだ言ってないんですね……?」
青は真顔で返す。
「うん。会ってから言えばいいし」
「……先輩……
無自覚すぎます……」
やがて目的の駅に到着した。
ホームに降り立つと、
ひんやりした山の空気が肌に当たる。
「蒼太、ごめん。
今日、両親忙しくて車出せないってさ。
家の近くまでバスで行くことになる」
「大丈夫です!
むしろ……ありがたいです!」
「……? なんでありがたいんだよ」
「えっと……心の準備ができるというか……」
「うん??」
そんな会話をしながら、
ふたりはバス停に並ぶ。
次のバスまであと30分。
バスはゆっくり山奥へと走り出し、
駅前の賑わいはすぐに後ろへ遠ざかった。
道の両脇に田んぼが広がり、
古い商店や、木造の家々がぽつぽつと並ぶ。
「あ、ほら蒼太!
あの店まだやってる!懐かしいな~
あれ、俺の通ってた中学!」
蒼太は緊張で余裕がない。
「‥‥‥」
バスはさらに山腹へ。
ふたりの間に、ふと静けさが落ちた。
青
「…………」
蒼太
「…………」
「‥‥‥先輩もやっぱり、
緊張してきました?」
バスは緩いカーブを曲がり、
青の実家がある地区が近づいてきた頃。
「蒼太……俺、早く車の免許取らなきゃな」
「え?なんで急に?」
「部活動の引率で運転必要だろ。
あと……
蒼太といろんなところ旅行したいし」
「…………っ!!」
青が山道の向こうを見つめながら、
当然のように未来の話をしている。
蒼太はそんな青の横顔を見つめながら、
胸の奥がまた熱くなるのを感じていた
* * *
玄関の引き戸を開けると、
どこか懐かしい畳の匂いと、
温かい空気に包まれる。
「ただいまー」
その声と同時に――
青の母が、
奥の部屋から足音が近づいてきた。
「青……!!おかえり……!」
目がうるんでいる。
泣くのをこらえているのが丸わかりだ。
青の父親と弟と妹もでてくる。
「おー、青!元気そうじゃねぇか!」
「にいちゃーん!!おかえり!!」
家族全員の視線が、
一斉に青の後ろの蒼太へ向く。
「あっ、あの……はじめましてっ……!
岡谷蒼太ともうしますっ……!
いつも……先輩から……
お世話になって……ます……!」
声が裏返り、
最後のほうはもはや
“裏声+敬語パニック状態”。
「蒼太‥‥、
日本語崩壊してるけど大丈夫か……?」
「ひゃっ……は、はいっ……!」
そんな蒼太を見て、青の母がふっと笑う。
「蒼太くん、覚えてない?
青の高校の卒業式の日に会ってるわよ~。
あの時ちゃんと挨拶してくれたじゃない」
「えっ……す、すみません……」
「さ、入って入って!疲れたでしょう。
今日はいっぱい食べていってね!」
「ちょっと食材足らないかな~。
母さん、買い物行ってくる。
まだ夕飯には時間かかるから、
青の部屋でゆっくりしてな!」
「蒼太さん!あとで野球教えて!
ピッチングやりたい!」
「ずるい!!わたしも!!」
「え、えぇ……!?はい……!」
賑やかな歓迎を受け、
青の部屋へ通される。
青の部屋でひと息つく二人
畳の上に座ると、
さっきまでの緊張で軽く肩が震えていた蒼太。
家の奥では、
母と妹の弾むような笑い声、
父と弟のはしゃぐ声がまざって聞こえてくる。
「……ごめんな。
うちの家族、ちょっと騒がしいだろ」
「いえ……全然……!
すごく温かい家族ですね……
なんか、安心しました」
「そっか……よかった」
一拍の静寂。
「‥‥蒼太」
「はい?」
青は、蒼太の横に座り、
ゆっくりと顔を近づけ――
軽く唇を合わせた。
青からの、いつもより長い“優しいキス”。
青が生まれ育った部屋で、
遠くから家族の声が響く中、
蒼太は息ができない
「せ、先輩……!?
ど、どうしたんですか……」
「いや……なんか……したくなった」
視線をそらす青の耳が、
ほんのり赤い。
蒼太の心臓は一瞬で跳ね上がった。
「……今日はいつもの先輩じゃない‥‥です」
夕食の時間。
テーブルには彩り豊かな料理がずらりと並んでいた。
「青の好きなものばかり作っちゃった。
蒼太くんもいっぱい食べてね!」
「ほらほら遠慮すんなよ。
男は食ってなんぼだ!」
母はいつものように、おかずをとりわける
「はい、これはお父さん!」
「おっ、母さんありがとう!」
「はい、これは蒼太くんね」
「は、はい! ありがとうございます」
青の弟は人見知りはすることなく、
蒼太に話しかける。
「蒼太さん、フォークの投げ方教えて!
今日ブルペンで投げたら、
コントロール最悪だったんだよ!」
青は心配しそうに、弟に答える。
「お前はまだ指が柔らかいんだから、
フォークはまだ早いんじゃないか?
無理するな」
妹が、ニヤニヤしながら声を上げる。
「蒼太さん、
お兄ちゃんの卒アル見たくない!?」
「えぇ!?見たい!!」
「おい!!食べながら変なこと言うな!!」
「いいわね~、
青が小学生と中学生のときの
何処にしまったかしら?」
「ちょ……と、母さん!!」
「母さん、落ち着け。
蒼太くん、
どんどんおかわりしていいからな」
蒼太は顔を真っ赤にしている
「も、も、もう胃がムリです……!!」
「蒼太、大丈夫か?」
「よし、じゃあ蒼太くん!
明日うちの庭でキャッチボールでもするか!
昔、青に教えてやった場所で!」
「やる!オレも混ぜて!」
「ずるい!!」
「……はぁ。
なんか、実家って疲れるな」
「僕は……楽しいですよ、先輩」
「……そっか。なら良かった」
そんなふたりを中心に、
賑やかで、温かくて、
なんとも幸せな夜がゆっくりと流れていった。
食後の片付けも終わり、
蒼太は少し照れながら風呂に入っていった。
居間では、父がテレビをゆるく眺め、
母は湯呑みに
手を添えてほっと息をついている。
その光景は、
どこか懐かしい――
青が中学3年の冬、
『強豪校に行きたい』
と話したあの夜 にそっくりだった。
ただ、あの時と違うのは。
青はもう大人になり、
父と母はあの日より少しだけ歳を重ねたこと。
その空気を切り裂くように、
青は静かに居間に入っていった。
「……父さん、母さん。
今日は本当にありがとう」
「なんだ急に、かしこまって」
「ふふ、どうしたの?」
青は一度だけ息を吸い、
覚悟を決めるように言葉を続けた。
「……話があるんだ」
父と母の視線が、自然と青に向く。
・
・
・
「実は……
蒼太は“ただの後輩”でも、
“ルームシェアしてる友達”でもない」
一瞬、居間の空気が静まった。
「……俺は、蒼太と
真剣に付き合ってる」
父
「……」
母
「……」
「いまの俺があるのは、蒼太のおかげだ。
高校の時も、大学に入ってからも……
ずっと支えてくれてた。
蒼太がいたから、
俺は今の道を選べたと思ってる」
言葉に嘘はひとつもなかった。
「だから……俺はこの先ずっと、
蒼太を守っていきたい。
大事にしたい。
……そう思ってる」
また少しだけ沈黙が落ちた。
けれどそれは、拒絶の静けさではなく、
“親として受け止め、考え、
理解しようとする”時間だった。
母は、そっと涙を指で拭いながら笑った。
「……あの時と同じね」
「え?」
「青が中学3年の冬……
“強豪校に行きたい”って
言った日の顔と同じなのよ。
あの時も、目がまっすぐで……
本気でなにかを選んだ顔だった」
母は席を立ち、
青の手をそっと握った。
「今日、青が何を話すか……
だいたい想像はついてたの。
そして決めてたのよ」
「……決めてた?」
「青が何を言っても、
私は青を応援するって」
青の目が揺れる。
「今日、ちゃんと話してくれてありがとう。
青がどう生きたいのか、
聞かせてくれて……
本当にうれしいのよ」
父は、
照れ隠しのように鼻をこすりながらも、
ほんの少し涙の光を浮かべていた。
「……母さんと同じだ。
青、お前の選んだ道なら、俺は応援する」
そして――
「それと……
もしこの先、苦しくなったら、
いつでも帰ってこい。
家族は、いつでもお前の味方だからな」
その言葉は、
青の胸の奥に、静かに、深く落ちていった。
「……っ……ありがとう……
父さん……母さん……」
言いたいことは山ほどあった。
もっと感謝も伝えたかった。
もっと自分の気持ちを言葉にしたかった。
だけど――
「……ありがと……」
それ以上はもう何も言えなかった。
涙がこぼれてきて、
言葉にならなかったからだ。
「青……よしよし」
「泣くなよ、まったく……
嬉しいくせに……!」
「……わかってるよ……」
けれどその目は、
誰よりもあたたかかった。
――この家に生まれてよかった。
青はそう思った。
そして、
この家に蒼太を連れてきてよかったとも。
* * *
帰省2日目
翌朝も、家の中はずっと賑やかだった。
蒼太は庭で弟にピッチングフォームを教え、
その横で青は妹の勉強を見てあげていた。
「ここ、公式をこう使うと早いよ」
「お兄ちゃん、すごい!!」
「ぼくも勉強教えて!!」
「またあとで時間つくるからな」
そんなやりとりに家族の笑い声が響き、
家の中の空気はずっと温かかった。
昼は近くの観光地へ、
家族全員で小さなドライブ。
夜は庭でバーベキュー。
父は火起こしに失敗して大騒ぎし、
母は肉を焼きながら、
みんなに盛りつけては笑っていた。
蒼太もすっかり家族の輪に入り、
自然に笑って、自然に話して、
青の両親も、弟も妹も――
まるで“昔から知っていた家族”のように
距離が縮まっていた。
そして、
楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
* * *
帰省3日目。
いよいよ帰る時間が来た。
実家の近くのバス停にて、、
「……じゃあ、そろそろ行くよ」
「お世話になりました!
本当に……楽しかったです!」
「気をつけてね。
蒼太くん、
またいつでも連絡ちょうだいね」
「蒼太くん、また青と一緒に帰ってこいよ」
「はい!ぜひ!!」
そこへ、
家の方面から妹が弟を引っ張って走ってくる。
「お兄ちゃーん!
この野球ノート忘れてたよ!
弟が隠し持ってたの!」
「ご、ごめん……にいちゃん……
このノート……おもしろくて……」
「あっ!忘れてた!
じゃあ今度は高校のノート持ってきくるからな!」
「ほんと!?やった!!」
家族の笑顔がにぎやかに広がる。
そこへ、
ちょうどバスがカーブから姿を現した。
「じゃ、行ってくるよ」
蒼太と並んでバスに向かう。
乗り込む直前――
青の母が蒼太の手をぎゅっと握った。
「蒼太くん……
青を‥‥、青をよろしくね」
蒼太は、
母の言葉を聞き、一瞬で察した――
胸にじんわり熱いものが広がった。
「……はいっ!
約束します!!」
母は泣き笑いでうなずいた。
バスの扉が閉まり、
加速していく。
窓の外で、
青の家族がずっと手を振り続けていた。
「先輩……
本当に、ありがとうございました。
なんだか……
僕まで幸せもらったみたいで……」
「そっか。よかった」
「でも……帰りも駅までバスなんですね。
両親の車じゃなくて……」
「……ああ」
青は外の景色を眺めながら、
「だって……、そのほうが、
早く蒼太と“ふたりきり”になれるだろ」
「っ……!!」
瞬間、蒼太の顔はみるみる赤くなり、
俯いて両手で顔を覆った。
(先輩……無自覚すぎる……
でも……
そんな先輩が……
いちばん……好き……)
バスは山を抜け、
二人の帰る“いつもの生活”へ向かって揺れ続けた。
――温かい家族の記憶を胸に抱いたまま。




