第44話 それでも止まった人
街道を離れ、山道に入った頃だった。
夕暮れが近く、空の色が低く沈んでいる。
今日は、ここで野営するつもりだった。
「……すみません」
背後から、声がした。
振り返ると、若い女が立っていた。
旅装でも、神殿の者でもない。
ただの村人だ。
「追ってきたのか」
「はい」
正直な答えだった。
「あなたが……」
「触らないで、人を助けた人だって」
噂は、もう歪んだ形で届いている。
それでも、彼女は来た。
「誰が、倒れた」
「……父です」
覚悟した声だった。
「治療官は呼んだ」
「祝福も受けた」
「でも……」
「もう一度やれば、戻らなくなるって言われました」
彼女は、拳を握りしめる。
「それで……止めました」
俺は、何も言わなかった。
続けるのを、待つ。
「怖かったです」
「何もしなければ、死ぬかもしれない」
「でも」
「何かをしたら、壊れる気がして」
彼女は、唇を噛む。
「……だから」
「止めました」
その言葉で、十分だった。
「それで、どうなった」
「……まだ、生きてます」
小さく、だが確かな声。
「苦しそうだけど」
「今は……落ち着いてます」
俺は、深く息を吐いた。
吐く方を、長く。
「……それでいい」
教えることは、ない。
触ることも、ない。
「行ってやれ」
「はい」
彼女は、深く頭を下げた。
「教えてもらったわけじゃないのに」
「……ありがとうございます」
「礼は要らない」
それだけ言った。
彼女が去ったあと、
俺は焚き火を起こした。
火が、小さく揺れる。
教えなかった。
正解も渡していない。
だが――
止まるという選択は、確かに届いた。
それは、言葉じゃない。
態度だ。
世界は変わらない。
神殿も、制度も、残る。
それでも。
止まった人が、一人いた。
それで、十分だ。
夜空を見上げ、
息を整える。
吐く方を、長く。
救いは、数じゃない。
名前も、記録もいらない。
止まれたかどうか――
それだけが、
静かに残る。
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