第38話 弟子を取らない理由
昼過ぎ、街の広場はいつもより静かだった。
人は集まっている。
だが、声が低い。
俺を見る目が、変わった。
期待でも、恐怖でもない。
判断を委ねようとする目だ。
それが、一番厄介だ。
「……少し、いいか」
声をかけてきたのは、若い治療官だった。
昨日、記録を使って失敗しかけた男だ。
「話なら、短くしろ」
「分かってる」
彼は、深く頭を下げた。
「……教えてほしい」
予想通りの言葉だった。
「全部じゃなくていい」
「触れ方だけでも」
「判断の基準だけでも」
周囲の治療官たちが、黙って耳を傾けている。
(……来たか)
この段階で、必ず来る。
俺は、即座に首を横に振った。
「教えない」
空気が、固まる。
「……なぜだ」
若い治療官が、食い下がる。
「記録もある」
「失敗も含めて、共有できるはずだ」
「共有した時点で、責任が変わる」
俺は、静かに言った。
「判断は、俺のものじゃなくなる」
「それが、何か問題か」
「大ありだ」
俺は、広場を見回した。
「今、お前たちは」
「“俺ならどうするか”を考えている」
「違うか」
誰も、否定しなかった。
「それはもう」
「自分で判断していない」
若い治療官の拳が、震える。
「……じゃあ、どうすれば」
「自分で、決めろ」
それは、突き放しじゃない。
線引きだ。
「俺が教えた瞬間」
「お前が失敗したら」
「次は、俺のせいになる」
「それは……」
「違う」
「お前の判断だ」
沈黙。
ルドが、少し離れた場所で聞いている。
帳面は、開いていない。
「弟子を取らないのは」
俺は、続けた。
「再現性がないからじゃない」
全員が、こちらを見る。
「責任が、分散するからだ」
「一人で背負えないものを」
「分け合うと」
「誰も、背負わなくなる」
若い治療官は、視線を落とした。
「……じゃあ」
「あなたは、全部一人で背負うのか」
「背負わない」
即答だった。
「判断した分だけ、覚える」
「それだけだ」
それ以上は、引き受けない。
それが、このやり方だ。
治療官たちは、何も言わずに散っていった。
不満も、納得も、混じった背中。
ルドが、近づいてくる。
「冷たいな」
「優しいと思ってる」
「どこがだ」
「型を渡さなかった」
俺は、歩き出しながら言った。
「型は、人を楽にする」
「楽になると、判断しなくなる」
「それが、危険だと」
「そうだ」
弟子を取れば、
教えたつもりになる。
教えた側は、
救った気になる。
だが――
失敗した時、
誰がその死を覚えるのか。
夕暮れ、街の外れに出る。
もう、この街にいる理由は少ない。
ルドが、最後に聞いた。
「……それでも」
「誰かが、真似をする」
「するだろうな」
「止めないのか」
「止めない」
俺は、立ち止まった。
「止めたら」
「俺が、正解になる」
それだけは、避ける。
弟子を取らない理由は、
技術の問題じゃない。
正解を作らないためだ。
それが、この世界で、
一番、難しい治療だった。
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