第34話 効かない身体
夕方、街外れの工房で火事があった。
大きな騒ぎではない。
屋根が少し焼け、職人が一人、倒れた。
俺とルドが着いた時には、すでに神殿の治療官が来ていた。
だが――空気が重い。
「……反応がない」
治療官の声に、焦りが混じる。
祝福の光は灯っている。
それでも、身体が受け取らない。
倒れているのは、初老の男だ。
長年、炉の前に立ってきた身体。
火傷は浅い。
だが、呼吸が弱い。
(……古い)
流れが、細い。
詰まっているわけじゃない。
枯れている。
俺は、距離を保ったまま、様子を見た。
「……お前」
治療官が、俺に気づいた。
「昨日の……」
「今日は、無理だ」
先に言った。
治療官は、歯を食いしばる。
「やっても、戻らない」
「触っても、だめか」
「だめだ」
即答だった。
ルドが、帳面を開く。
「理由は?」
「戻る余地がない」
「壊れてはいない」
「だが、終わっている」
冷たい言葉に聞こえるだろう。
だが、嘘じゃない。
職人の胸が、かすかに上下する。
生きてはいる。
だが――戻らない。
「……なぜだ」
治療官が、低く聞く。
「年か」
「年だけじゃない」
俺は、ゆっくり言った。
「積み重ねだ」
熱。
煙。
無理な呼吸。
少しずつ、流れを削ってきた。
祝福は、若い身体には効く。
だが、削り切ったものは戻らない。
それだけだ。
治療官は、拳を握りしめた。
「……万能じゃないのか」
「最初から、言ってる」
誰にともなく。
周囲の人々が、沈黙する。
俺は、近づかなかった。
触れれば、期待が生まれる。
期待は、裏切りに変わる。
ルドが、静かに言う。
「“効かない身体”」
帳面に、その言葉を書き込む。
治療官は、しばらく祈っていた。
やがて、手を下ろす。
「……神の御許へ」
職人の呼吸が、止まった。
誰も、叫ばない。
ただ、頭を垂れる。
俺は、その場を離れた。
背中に、視線を感じる。
責めるもの。
期待するもの。
混じり合った感情。
ルドが、後を追ってくる。
「触れなかったな」
「触っても、同じだ」
「それでも、触れば」
「“やった”ことになる」
「それが、一番まずい」
俺は、足を止めた。
「できないことを、できる顔でやるのは」
「人殺しだ」
ルドは、何も言わなかった。
帳面を閉じ、深く息を吐く。
夕焼けが、街を染める。
戻らない身体がある。
効かない治療がある。
それを認めることが、
一番、嫌われる。
だが――
それを無視した先にあるのは、
もっと多くの死だ。
俺は、歩きながら息を吐く。
吐く方を、長く。
万能じゃないことを、受け入れる。
それが、このやり方の、
最初の条件だった。
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