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回復魔法が万能な異世界で、俺だけ治さない理由がある 〜触ると悪化するので、何もしない治療師やってます〜  作者: 夜凪レン


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第33話 記録係

 昼過ぎ、街はいつもの喧騒を取り戻していた。


 昨日の事故の話をしている者は、もうほとんどいない。

 人は、忘れるのが早い。

 忘れられる程度の奇跡なら、世界は壊れない。


 宿を出ると、通りの向こうにルドがいた。


 あからさまに待っている。

 隠す気はないらしい。


「……まだ、いるのか」


「逃げられたら困る」


 そう言って、彼は苦笑した。


「記録係は、対象が消えると仕事にならない」


「対象扱いか」


「その通りだ」


 正直でいい。


 俺は歩き出し、彼も隣を歩く。

 距離は近すぎず、遠すぎない。


「今日は、何を見に来た」


「君を」


「無駄だ」


「無駄でもいい」


 彼は、帳面を開いた。


「昨日の治療……いや、“介入”だが」

「再現できないと言っていたな」


「言った」


「では、条件を潰していこう」


 理屈屋らしいやり方だ。


「場所」

「時間」

「体格」

「年齢」

「直前の祝福量」


 次々と項目が並ぶ。


「……全部違う」


「だろうな」


 俺は、立ち止まった。


「だから言った」

「状態が違えば、全部違う」


「それでも、傾向はある」


 ルドは引かない。


「“分からない”を、分解したい」


「分解したら、別物になる」


 彼は、少し考え込んだ。


「……君のやり方は」

「音楽に似ている」


 意外な例えだった。


「楽譜は残せる」

「だが、同じ音は出せない」


「悪くない」


 俺は、少しだけ認めた。


「だから、記録は意味がある」

「再現のためじゃない」

「誤解のためだ」


 ルドが、顔を上げる。


「誤解?」


「そうだ」


 俺は、空を見た。


「正確に伝わらないなら」

「誰かは、必ず間違える」


「それでも、書くのか」


「書く」


 彼は、即答した。


「間違えた記録も」

「存在した、という証拠になる」


 その言葉に、少しだけ考えた。


 確かにそうだ。


 完全に消えれば、

 なかったことになる。


「……好きにしろ」


 また、同じ答えを返す。


 ルドは、帳面に何かを書き足した。


「君は、弟子を取らないな」


「取らない」


「理由は」


「型になるからだ」


 ルドが、頷く。


「記録も、型になる」


「なるな」


「だが、型にならないものも残る」


 彼は、帳面を閉じた。


「言葉の隙間に」


 その言い方は、嫌いじゃなかった。


 街の外れで、人だかりができていた。

 倒れているのは、年配の男。


 治療官が、手を当てている。

 光が弱い。


「……またか」


 ルドが、低く言った。


 俺は、足を止めた。


 嫌な感触が、胸の奥に広がる。


(……効かない)


 近づく前から、分かる。


 これは――

 戻らない。


「行かないのか」


 ルドが聞く。


「行っても、できない」


「それでも?」


「それでもだ」


 俺は、首を横に振った。


「これは、終わっている」


 その言葉を、ルドは帳面に書いた。


 躊躇いなく。


「……冷たいな」


「違う」


 俺は、静かに言った。


「遅いだけだ」


 治療官が、首を振る。

 人だかりが、ざわめく。


 そして――

 静かになる。


 死だ。


 ルドは、帳面を閉じた。


「君が触れなかったことも」

「記録していいか」


「好きにしろ」


 それが、彼の仕事だ。


 歩きながら、俺は思う。


 触れなかった。

 触れられなかった。


 その差は、紙一重だ。


 そして、その紙一重を、

 言葉で越えようとした瞬間、

 必ず誰かが壊れる。


 ルドは、最後に言った。


「……君の記録は」

「完成しない」


「だろうな」


「だが、途中経過としては」

「最高だ」


 褒め言葉だろう。


 俺は、何も返さなかった。


 完成しないことこそが、

 このやり方の、

 唯一の完成形なのだから。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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