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回復魔法が万能な異世界で、俺だけ治さない理由がある 〜触ると悪化するので、何もしない治療師やってます〜  作者: 夜凪レン


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第31話 戻らない事故

 街に入って、半日も経たないうちだった。


 人だかりができている。

 声が重なり、焦りが滲んでいる。


「どいてくれ!」

「神殿はまだか!」


 俺は、足を止めた。


 関わらないつもりだった。

 そう決めて、ここまで来た。


 だが――

 嫌な匂いがした。


 血の匂いじゃない。

 焦げた魔力と、乱れた流れの匂いだ。


 人垣の隙間から、中が見えた。


 地面に横たわっているのは、若い女だった。

 旅装ではない。街の住人だろう。

 胸が上下していない。


「祝福が……効かない……」


 白い法衣の治療官が、声を震わせている。

 手のひらは光っているが、流れがつながらない。


 何度も祝福を重ねている。

 それが、さらに悪い。


(……閉じてる)


 壊れているんじゃない。

 閉じている。


 流れが、完全に引いている。

 外から押しても、開かない。


「もう一度だ!」

「強めろ!」


 治療官の指示が飛ぶ。


 光が強くなる。

 女の身体が、わずかに跳ねた。


 ――まずい。


 俺は、考える前に動いていた。


「やめろ」


 声が、思ったより低く出た。


 治療官が振り返る。


「何だ、君は!」


「それ以上やると、戻らなくなる」


「何を言って――」


「もう、戻ってない」


 その一言で、空気が止まった。


 俺は、人垣を割って中へ入る。

 誰も、止めなかった。


 女の側に膝をつき、

 反射的に、手を伸ばしていた。


 ――触れる。


 その瞬間、分かった。


(……遅い)


 流れが、完全に途切れている。

 戻す余地が、ほとんど残っていない。


 それでも。


 俺は、手を離さなかった。


 胸元に手を当て、

 呼吸を探す。


 ないなら、待つしかない。


 周囲がざわつく。


「何をしている!」

「祝福も使わずに!」


 聞こえないふりをした。


 息を、吐く。


 吐く方を、長く。


 ――待つ。


 何もしない時間が、流れる。


 一秒。

 二秒。

 三秒。


 女の指先が、かすかに動いた。


 誰も気づかないほど、微かな反応。


 だが、確かだ。


(……戻ろうとしてる)


 俺は、圧をかけない。

 導かない。

 ただ、逃げ道を塞がない。


 さらに、待つ。


 やがて――

 女の胸が、わずかに上下した。


「……息……?」


 誰かが、声を上げる。


 治療官が息を呑む。


 もう一度、胸が動く。

 浅いが、確かだ。


 俺は、そこで初めて、手を離した。


 それ以上は、触らない。


 これ以上は、

 “戻す”じゃなくなる。


「……生きてる」


 誰かが、呟いた。


 安堵の声が広がる。

 だが、俺は立ち上がらなかった。


(……危なかった)


 境界を越えかけていた。

 今回は、運が良かっただけだ。


 治療官が、俺を見た。


「君……今、何をした」


 説明を求める目だ。

 善意と困惑が混じっている。


 俺は、少しだけ考えた。


 そして、首を横に振った。


「……分からない」


 事実だった。


「触れた」

「待った」


「それだけだ」


 治療官は、言葉を失った。


「それで……戻ったのか」


「戻りかけただけだ」


 強調する。


「次は、分からない」


 沈黙が落ちる。


 周囲の視線が、一斉に俺に集まる。

 期待と、不安と、恐れ。


(……始まったな)


 説明を求められる。

 再現を期待される。


 それが、一番まずい。


 俺は、人垣から一歩下がった。


「これ以上は、できない」


 はっきり言う。


「同じことは、二度と起きない」


 ざわめきが広がる。


 不満。

 疑念。

 失望。


 それでいい。


 奇跡は、広げた瞬間に嘘になる。


 女は、生きている。

 だが、治ったわけじゃない。


 戻れる場所に、

 かろうじて引き戻されただけだ。


 俺は、その場を離れた。


 背中に、無数の視線を感じながら。


 この街で、

 もう一度同じことが起きれば――

 次は、説明を求められる。


 言葉にした瞬間、

 壊れるものがある。


 そのことを、

 俺は誰よりも、分かっていた。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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