第30話 流れは、逆らえない
街道に戻ると、空がひらけた。
森の匂いが薄れ、乾いた土の感触が靴底に伝わる。
朝日は昇りきらず、影がまだ長い。
追ってはこない。
だが、見られている。
それで十分なのだろう。
道端で、馬車が止まっていた。
荷を積み替えている商人が、俺を見る。
「……旅かい」
「ああ」
「この先は、英雄候補の移送路だ」
「物騒になるぞ」
「知ってる」
商人は、肩をすくめた。
「それでも、行くのか」
「行く」
理由は、言わない。
言えば、同じ言葉を繰り返すことになる。
馬車が動き出し、街道が再び静かになる。
歩きながら、思い返す。
救えたのは、一人だけ。
止まれたのも、一人だけ。
世界は、何も変わらない。
英雄は、今日も選ばれ、整えられ、使われる。
それでも――
流れは、一度だけ止まった。
それは、小さな淀みだ。
すぐに埋まるかもしれない。
だが、淀みができた場所は、
必ず、また詰まる。
遠くで、鐘の音が聞こえた。
祈りか、合図か。
どちらにせよ、意味は同じだ。
動け。
止まるな。
世界は、そう命じる。
俺は、歩幅を変えずに進む。
止まらないために、
止まることを選ぶ。
それが、俺のやり方だ。
道の先に、低い丘が見えた。
その向こうに、別の街がある。
別の制度。
別の正しさ。
だが、同じ前提。
――壊れるまで、使う。
息を吸い、吐く。
吐く方を、長く。
身体の中で、流れが静かに整う。
自分だけは、戻れる状態に保つ。
世界を変えるつもりはない。
戦うつもりもない。
ただ、
壊れる前に止まれる場所があると、
知っているだけだ。
それを、必要とする者がいる限り、
俺は歩く。
流れは、逆らえない。
だが――
向きは、変えられる。
ほんの少しでいい。
止まれた者が、
また一人、生まれる程度で。
朝日が、地平線を越えた。
俺は、その光の中へ進んでいった。
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