第28話 英雄にならなかった英雄
昼過ぎ、街の空気が少しだけ変わった。
理由は、はっきりしている。
英雄候補が、一人抜けた。
訓練場の掲示板に、新しい紙が貼られる。
理由は簡潔だった。
【候補生一名、適性不足により退役】
それだけだ。
名前は書かれていない。
誇りも、経緯も、残らない。
それが、この街のやり方だ。
俺は、人混みの中でその紙を眺めていた。
周囲の反応は、薄い。
「一人くらい、よくある」
「代わりはいくらでもいる」
誰も、深く考えない。
考える必要がないからだ。
英雄は“選ばれるもの”で、
降りるものじゃない。
降りた者は、最初から居なかったことになる。
街外れの小さな門の前で、リクを見かけた。
荷は軽い。
背中の袋も、半分ほどだ。
「……本当に、行くんですね」
誰かが、声をかける。
監督官だ。
「はい」
リクは、はっきり答えた。
「戻る場所が、ありますから」
監督官は、鼻で笑った。
「英雄になれたかもしれないのに」
「なれなかったんです」
訂正だった。
監督官は、それ以上何も言わなかった。
興味を失ったように、踵を返す。
それで終わりだ。
リクは、門をくぐる前に、こちらを見た。
目が合う。
だが、近づいては来ない。
呼び止めもしない。
それでいい。
言葉を交わせば、
何かを背負わせてしまう。
門が閉まる。
リクは、街を出た。
その背中は、英雄のものじゃない。
だが――
壊れていない。
それだけで、十分だ。
夕方、宿を引き払う。
帳場の主人が、気まずそうに言った。
「……あんた、神殿と揉めたんだってな」
「揉めてない」
「異端だって」
「そうらしい」
主人は、それ以上聞かなかった。
関わらない方が、賢い。
街を出る道で、白い法衣が遠くに見える。
監視だ。
追ってはこない。
ただ、見ている。
それで、十分なのだろう。
(……英雄にならなかった英雄)
その言葉が、頭に残る。
誰にも讃えられず、
記録にも残らない。
だが、確かに存在した。
夜、野営を張りながら、俺は空を見上げた。
星は、変わらずそこにある。
英雄がいても、いなくても、
世界は回る。
だが――
壊れなかった一人がいる。
それは、世界の正しさとは無関係に、
確かに意味がある。
その意味を、
神殿は嫌う。
国家は、不要とする。
だが、俺は知っている。
止まることができた者は、
もう、流されない。
そして――
それを可能にした存在は、
いずれ必ず、
“危険”として扱われる。
夜風が、焚き火を揺らした。
俺は、静かに息を吐く。
吐く方を、長く。
明日、この街を離れる。
噂だけを残して。
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