第26話 異端指定
昼過ぎ、宿に戻ると、入口の前に白い法衣が二人立っていた。
見覚えがある。
神殿の治療官だ。
逃げる理由はない。
かといって、迎える理由もない。
俺は、そのまま歩み寄った。
「話がある」
年上の方が、淡々と言った。
声には感情がない。
「用件は」
「確認だ」
彼は、俺をじっと見た。
「昨日、英雄候補に触れたな」
「触れた」
否定する意味がない。
「治療魔法は使っていない」
「使えない」
治療官は、わずかに眉を動かした。
「それでも、動けるようになった」
「戻っただけだ」
言葉の違いに、彼は反応しなかった。
だが、年下の治療官が、少しだけ顔を強張らせる。
「……奇跡か」
「違う」
即答だった。
「再現できない」
それは、事実だ。
「全員は無理だ」
「条件が揃った、一人だけだ」
治療官たちは、互いに視線を交わした。
「つまり」
年上の治療官が、静かに言う。
「神殿の祝福ではない方法で、人を動かした」
「そうなるな」
「それは、問題だ」
声は低い。
だが、はっきりしている。
「なぜだ」
俺は、聞いた。
治療官は、即座に答えた。
「前提が崩れる」
それだけだった。
「祝福は、神殿の管理下にある」
「管理されない治療は、秩序を乱す」
「秩序が、人を壊している」
治療官は、首を横に振った。
「壊れていない」
「動いている」
噛み合わない。
俺は、それ以上、言わなかった。
議論する場じゃない。
彼らは、もう結論を持っている。
「神殿としては」
年上の治療官が続ける。
「君を“異端”として扱う」
その言葉が、静かに落ちた。
騒ぎにはならない。
宣告だけだ。
「捕縛はしない」
意外な言葉だった。
「だが、監視対象とする」
「街を出るな、ということか」
「いいや」
治療官は、淡々と答える。
「出てもいい」
「ただし、治療行為は禁止だ」
それは、追放と同じだ。
「従わなければ」
「次は、捕縛だ」
脅しではない。
事務的な通知だ。
俺は、少し考えた。
そして、頷いた。
「分かった」
治療官の目が、わずかに細まる。
「理解が早いな」
「慣れてる」
それだけ言った。
治療官たちは、それ以上何も言わずに去った。
白い背中が、人混みに紛れて消える。
宿の前に、静けさが戻った。
(……異端、か)
言葉としては、予想通りだ。
だが、本質はそこじゃない。
彼らは、俺の“技術”を恐れていない。
考え方を恐れている。
治せないこと。
戻せないこと。
そして――
治さない選択。
それが広がれば、
この世界は回らなくなる。
夕方、街を歩く。
視線を感じる。
誰かが、見ている。
だが、捕まらない。
まだ、だ。
訓練場の近くで、彼を見かけた。
昨日、戻った候補生だ。
列にいない。
一人で、座っている。
目が合った。
何か言いたそうだが、言わない。
それでいい。
選ぶのは、彼だ。
俺は、街を出る準備を始めた。
長居はできない。
それは、最初から分かっていた。
夜、荷をまとめながら、ふと思う。
世界は、正しい。
正しいからこそ、壊れている。
異端にされたのは、
俺じゃない。
「戻す」という発想だ。
それを、神殿は許さない。
だが――
もう、知ってしまった者は、戻れない。
この街でも、
流れは、確かに一度だけ止まった。
それだけで、十分だ。
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