第22話 短命という前提
朝の街は、静かだった。
行進の余韻がまだ残っているのか、人の流れがどこか慎重だ。露店は並んでいるが、呼び込みの声は控えめで、通りを歩く人々の視線は同じ方向を向いている。
――訓練場だ。
俺は、わざと逆方向へ歩いた。
関わらないと決めたなら、近づく理由はない。
そう思っていたはずなのに。
路地の奥で、座り込んでいる男が目に入った。
年の頃は三十を少し過ぎたくらい。
だが、背中は丸まり、呼吸は浅い。
服は上質だが、身体に合っていない。
鎧焼けの痕。
剣だこ。
――元英雄だ。
(……早い)
俺は、足を止めた。
男は壁に背を預け、ぼんやりと空を見ている。
生きてはいるが、戻ってはいない。
「……見物か」
男が、かすれた声で言った。
「違う」
それだけ答えた。
「なら、近づくな」
そう言いながらも、視線は俺から逸らさない。
どこか、話し相手を探している目だ。
「英雄だったのか」
「だった、な」
男は短く笑った。
「もう違う。使えなくなった」
その言葉に、感情はなかった。
「いつまで、やってた」
「十五年」
思ったより長い。
思った以上に――短い。
「三十を越えたら、だいたい終わりだ」
「身体が先に音を上げる」
男は、胸を押さえる。
「治療は受けてた」
「神殿の、最高のやつをな」
自嘲気味に、鼻で笑う。
「それでも、こうだ」
呼吸が、わずかに乱れる。
(戻してない)
治していない。
延ばして、使って、捨てただけだ。
「……英雄は、長生きしない」
男は、まるで天気の話でもするように言った。
「それが前提だ」
「誰も驚かない」
街の鐘が鳴る。
訓練の合図だろう。
男は、その音を聞きながら言った。
「若いのを見ると、分かる」
「何年もたないってな」
「それでも、行く」
「ああ」
迷いはなかった。
「行かせるのが、正しいって教えられる」
「守ってるつもりなんだ、皆」
俺は、しばらく黙っていた。
男は、俺を見て言った。
「……お前、治療官じゃないな」
「違う」
「じゃあ、何だ」
「通りすがりだ」
男は、小さく笑った。
「英雄の末路を見るのも、通りすがりか」
その言葉が、胸に残る。
「忠告は、しないのか」
男が聞いた。
「若いのに」
「今は、しない」
「賢いな」
男は、目を閉じた。
「言っても、聞かねえ」
「俺も、聞かなかった」
しばらくして、男は立ち上がった。
動きは遅いが、意外と安定している。
「……名を聞いていいか」
「名乗るほどのものじゃない」
「そうか」
男は、それ以上聞かなかった。
「一つだけ、覚えておけ」
背を向けながら、言う。
「英雄は、守るためにある」
「だが、守られる前に、壊れる」
それが、この世界の前提だ。
俺は、その背中を見送った。
行進の音が、遠くで響く。
若い足音だ。
(……短命)
それが、制度の一部。
この街では、
それを疑う者はいない。
だが、
疑わないことこそが、
一番の異常だ。
俺は、静かに息を吐いた。
吐く方を、長く。
その行為だけが、
この世界で、まだ“戻す”という意味を持っている気がした。
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