第21話 治療官の仕事
治療官の朝は、祈りから始まる。
白い法衣に袖を通し、胸元の聖紋に指を当てる。
祝福を乞う言葉は短い。長い祈りは、現場に向かない。
(今日も、滞りなく)
それが彼の願いだった。
名はエルディア。神殿に仕えて七年。
英雄候補生の巡回治療を任されるのは、優秀である証だ。
広場には、すでに候補生たちが整列している。
若い。揃っている。よく訓練されている。
「順に来なさい」
声をかけると、列が一歩ずつ動く。
彼は機械的に、しかし丁寧に手を当てていった。
胸部、腹部、背部。
魔力の流れを感じ、詰まりを探し、祝福で押し広げる。
光が灯る。
流れが走る。
(問題なし)
その繰り返しだ。
途中、少年が一人、わずかに息を詰まらせた。
「深呼吸を」
指示すると、少年は従う。
祝福を重ねると、姿勢が整った。
「大丈夫だ」
いつもの言葉を、いつもの調子で。
少年は頷き、列に戻る。
その背中を見送りながら、エルディアは胸の奥で小さく安堵した。
(よし)
彼は、仕事をしている。
人を救っている。
それは疑いようのない事実だ。
治療が終わると、監督官が近づいてきた。
「順調か」
「はい。祝福は安定しています」
「良い。次の行軍も問題ないだろう」
監督官は満足そうに頷いた。
その言葉に、エルディアは迷いなく同意した。
問題があるはずがない。
神殿の祝福は、完璧だ。
――だが。
行進の合間、端に立つ一人の男が、ふと目に入った。
旅装。
治療官でも、兵でもない。
ただ、見ているだけの男。
(……誰だ)
視線が合った気がして、エルディアは一瞬だけ動きを止めた。
だが、男はすぐに目を逸らし、人混みに紛れた。
「どうしました」
部下の声に、彼は首を振る。
「いや、何でもない」
仕事に戻る。
それが最優先だ。
昼、簡単な食事を済ませながら、部下が噂話を持ち込んだ。
「最近、妙な治療をする者がいるそうです」
「魔法を使わないとか」
エルディアの手が、わずかに止まる。
「……魔法を使わない?」
「ええ。触れて、待つだけだと」
「治るらしいですが……」
彼は、静かに首を振った。
「あり得ない」
即答だった。
「治療は、祝福を介して初めて成立する」
「それ以外は、偶然か誤認だ」
部下は、納得したように頷く。
「ですよね」
だが、エルディアの胸には、さっきの男の背中が残っていた。
なぜ、見られている気がしたのか。
なぜ、あの視線が気になったのか。
(……気のせいだ)
彼は自分に言い聞かせる。
神殿は、間違っていない。
祝福は、人を守る。
守れなかった者がいるとすれば、
それは祝福が足りなかったか、
使命が重すぎただけだ。
夕刻、報告書を書く。
【本日の治療:異常なし】
【英雄候補生、全員行軍可能】
ペンを置き、深く息を吐く。
今日も、仕事は終わった。
――その夜。
宿舎の廊下で、エルディアはふと立ち止まった。
胸の奥に、わずかな違和感が残っている。
(戻っていない……?)
一瞬浮かんだ言葉を、彼は振り払った。
戻す必要はない。
動ければいい。
英雄は、そうして守るものだ。
そう信じて、彼は灯りを消した。
その信念が、
誰かを壊しているかもしれないことを――
彼は、まだ知らない。
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