第18話 夜明け前の別れ
野営地が眠りにつく頃、俺は静かに歩き出した。
騒ぎはない。
追い立てる声も、罵倒もない。
それが、かえって重かった。
荷物は最小限だ。
治療具と、水袋、それだけ。
焚き火の明かりを避けるように進み、野営地の端まで来た時――足音がした。
「……やっぱりな」
副団長だった。
鎧は着けていない。
剣も持っていない。
ただ、一人の男として立っている。
「止めに来たわけじゃない」
「分かってる」
俺は、立ち止まった。
夜明け前の空は、まだ暗い。
星が、かろうじて残っている。
「団長は……納得してない」
「だろうな」
「だが、神殿には引き渡さないと約束した」
「その代わり、二度と戻るな」
それが、精一杯だったのだろう。
「助かる」
本心だった。
副団長は、しばらく黙ってから言った。
「……正直に言う」
「聞こう」
「お前のやり方は、怖い」
意外な言葉だった。
「治る希望を、目の前で見せる」
「それでいて、止まれと言う」
「剣より、覚悟が要る」
俺は、少しだけ笑った。
「そうだな」
「だが……」
副団長は、拳を握る。
「俺は、生き延びた」
「お前が止めてくれたからだ」
その言葉で、十分だった。
「次は、どうする」
「さあな」
正直な答えだ。
「だが、壊れそうな奴がいたら」
「止める」
副団長は、小さく息を吐いた。
「……らしいな」
少し間を置いて、続ける。
「覚えておけ」
「傭兵団は、壊れる前には止まれない」
「知ってる」
「だから」
副団長は、視線を逸らしながら言った。
「……壊れる前に、来い」
その言葉は、以前に交わしたものと同じだ。
だが、意味は少し変わっている。
俺は、静かに頷いた。
「その時は、止める」
それだけ言って、背を向けた。
副団長は、もう呼び止めなかった。
野営地を抜け、森へ入る。
夜明け前の空気は冷たく、肺に沁みる。
歩きながら、小さく息を吐いた。
吐く方を、長く。
それだけで、身体の中が静かになる。
背後で、何かが動いた気配がした。
振り返らない。
見なくても、分かる。
――見られている。
神殿は、約束を守らない。
監視は、すでに始まっている。
だが、それでもいい。
追われるなら、歩き続ける。
止まれない世界で、止まるために。
森の奥で、鳥が鳴いた。
夜が、終わる。
傭兵団との縁は、ここで切れた。
戻る道は、もうない。
それでも、足は止まらなかった。
追われるなら、歩き続ける。
止まれない世界で、止まるために。
俺は、もう一度息を吐く。
吐く方を、長く。
身体の中で、流れが静かに整っていくのを感じながら、
まだ見ぬ土地へと歩き出した。
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