第17話 治さない選択
神殿の巡察神官が去ったあとも、野営地の空気は戻らなかった。
焚き火は燃えている。
食事の準備も進んでいる。
だが、誰も大きな声を出さない。
全員が、同じことを考えていた。
――次は、どうなる。
団長は、その日のうちに会合を開いた。
副団長、数人の古参、それから――俺。
輪の中心に置かれた地図には、次の戦場が示されている。
規模は、これまでで最大だ。
「神殿から話が来ている」
団長が、淡々と言った。
「今回の戦、神殿の支援が入る」
「代わりに……条件がある」
誰も、聞き返さなかった。
もう分かっている。
「出陣前に、全員を“整えろ”」
団長の視線が、俺に向く。
「お前の治療でな」
一瞬、空気が張りつめる。
副団長が、何か言おうとして――やめた。
言葉にすれば、もう戻れないと分かっている顔だ。
「断れば」
団長は続ける。
「神殿に引き渡す」
「拒否権はない」
それは、脅しじゃない。
事実の確認だ。
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
「……確認させてくれ」
「何だ」
「整えたあと、休ませる時間はあるか」
団長は、首を横に振った。
「ない。即出陣だ」
それで、十分だった。
俺は、はっきりと言った。
「なら、やらない」
誰かが、息を呑む音がした。
「理由は、前に言った通りだ」
「整えれば、壊れる」
「それでも勝てる」
「勝てても、生き残れない」
団長の眉が、わずかに動く。
「……それは、お前の価値観だ」
「事実だ」
俺は、副団長を見た。
「今のお前なら、分かるはずだ」
副団長は、拳を握りしめたまま、黙っていた。
やがて、低く言う。
「……分かる」
その一言で、場の温度が変わった。
「だが」
副団長は、視線を上げない。
「俺は、団を止められない」
「知ってる」
だから、責めない。
団長が、深く息を吐いた。
「……最後の確認だ」
視線が、俺に突き刺さる。
「やるか、出ていくか」
静かだ。
だが、もう逃げ道はない。
俺は、少しだけ考えた。
治せば、今は助かる。
そして、次で壊れる。
治さなければ、今は不満が残る。
だが、壊れるのは防げる。
――答えは、最初から一つだった。
「治さない」
はっきりと言った。
「俺は、助けるために来た」
「壊すためには、触れない」
団長は、しばらく俺を見つめていた。
やがて、短く笑う。
「……分かった」
その声に、感情はなかった。
「今夜中に出ていけ」
それだけだった。
副団長が、ようやく顔を上げる。
「……すまん」
「謝るな」
俺は、静かに言った。
「選んだのは、俺だ」
会合は、それで終わった。
外に出ると、夜風が冷たい。
団員たちが、遠巻きにこちらを見ている。
その中に、一人、若い団員がいた。
昼間、俺に治療を頼んできた男だ。
「……なあ」
声が、震えている。
「本当に、見てくれないのか」
俺は、少しだけ立ち止まった。
「今は、見ない」
「……死ぬかもしれないんだぞ」
「壊れるよりは、いい」
冷たい言葉に聞こえたかもしれない。
だが、嘘は言っていない。
若い団員は、何も言えずに俯いた。
俺は、荷物をまとめ始めた。
量は、少ない。
最初から、長居するつもりはなかった。
焚き火の向こうで、副団長が一人、立っている。
視線が合う。
言葉は、要らなかった。
治さない選択をした瞬間、
ここはもう――俺の居場所じゃない。
それでも、後悔はなかった。
流れは、正しい方へ向いている。
たとえ、それが
誰にも理解されなくても。
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