第13話 押して、戻る
翌朝、副団長はいつも通りに起きてきた。
剣帯を締め、鎧を身に着ける動作に、以前ほどの引っかかりはない。ほんのわずかな違いだが、本人はすぐに気づいたらしい。
「……朝一番で、これか」
肩を回しながら、低く呟く。
「どうだ」
「最悪ではない」
それが、この男なりの高評価だ。
俺は焚き火のそばに腰を下ろし、手招きした。
「来い。動く前に、少しだけだ」
「昨日で終わりじゃなかったのか」
「“戻り始めた”だけだ。戻りきってない」
副団長は短く息を吐き、文句を言いながらも前に座った。
周囲では、他の団員たちが朝食の準備をしている。視線がちらちらとこちらに向けられているのが分かる。
「何やってんだ?」
「また変なこと始めたぞ」
気にしない。
副団長の背後に回り、肩甲骨の内側に指を当てる。昨日より、硬さがわずかに減っている。
(……ちゃんと戻ってる)
ここで欲張ると、壊す。
俺は一点だけを選び、静かに圧をかけた。
「……っ」
副団長の喉が鳴る。
「痛いなら言え」
「……我慢できる」
「我慢は、必要ない」
圧を、ほんの少しだけ緩める。
「吐け。昨日と同じだ」
副団長は、半信半疑のまま息を吐いた。吐く息が長くなるにつれ、背中の硬さが、わずかにほどけていく。
周囲の音が遠のく。
触れて、押して、待つ。
派手さはない。
光もない。
だが、確かに“動いている”。
「……おい」
副団長が、低く声を出した。
「何だ」
「……剣を振ってみてもいいか」
「今はだめだ」
「即答かよ」
「即答だ」
副団長は、不満そうに鼻を鳴らしたが、逆らわなかった。
しばらくして、俺は手を離した。
「今日はここまで」
「短いな」
「短い方が、いい」
副団長は立ち上がり、肩をゆっくり回す。
昨日より、さらに動く。
それを見て、周囲の団員がざわつき始めた。
「おい、今の見たか?」
「副団長、引っかかってねえぞ」
「……まじかよ」
副団長は、俺を見る。
「……なあ」
「何だ」
「これ、本当に……治るのか」
俺は、少しだけ考えてから答えた。
「壊さなければな」
副団長は、しばらく黙っていた。
やがて、低く笑う。
「……簡単に言いやがる」
「簡単じゃない」
簡単だったら、誰も壊れない。
その日の戦闘は、小規模だった。
副団長は前に出ず、指示に徹した。
それだけで、団の動きが変わる。
無駄が減り、被害も抑えられた。
夜、焚き火の前。
「なあ」
団員の一人が、酒を片手に俺に声をかけてきた。
「お前、本当に治療係なんだな」
「そういうことになってる」
「魔法も使わずに?」
「使わない」
団員は、しばらく考え込むような顔をしてから笑った。
「……じゃあさ」
「何だ」
「俺も、後で見てくれねえか」
それを皮切りに、声が重なる。
「俺も」
「腰がな」
「古傷が――」
俺は、小さくため息をついた。
(……増えたな)
副団長が、こちらを見て言った。
「無理はさせねえ」
その一言で、少しだけ気が楽になる。
「一人ずつだ」
俺は言った。
「急ぐと、壊れる」
団員たちは、顔を見合わせたあと、笑った。
「急がねえ治療係って、初めて見た」
「変な奴だ」
変でいい。
ここでは、
それが――ちょうどいい。
だが、その“ちょうどいい”が、
長く続かないことを、俺は知っていた。
治るということは、
使われるということだ。
そして――
使われれば、必ず歪む。
その兆しは、すでに見え始めていた。
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