第12話 治らない古傷
夜が深まるにつれ、野営地は静かになっていった。
焚き火の数は減り、代わりに虫の声が広がる。傭兵たちはそれぞれ思い思いの場所で身体を休め、明日に備えていた。
俺は、副団長に呼ばれた通り、焚き火から少し離れた場所に向かった。
そこには、大きな岩に腰を下ろした男がいた。鎧は外しているが、背筋は伸びている。だが、肩から背中にかけての動きが、やはりどこかぎこちない。
「来たか」
「ああ」
簡単なやり取りだけで、他に言葉はない。
「……どうせ、治らねえ」
副団長は先にそう言った。
「治療魔法も、薬も、だいたい一通りやった。痛みは誤魔化せても、戻りはしない」
「いつからだ」
「五年」
即答だった。
「最初は軽かった。戦えば戻る。休めば治る。……そう思ってた」
そういう話は、嫌というほど聞いてきた。
「で、今は?」
「朝は、剣を握るだけで分かる。今日はどこまで動けるか」
副団長は自分の肩を、無意識に押さえる。
「団長は気にするなって言う。代わりはいねえしな」
つまり――
壊れても使われる立場だ。
俺は、彼の前に膝をついた。
「触るぞ」
「好きにしろ」
副団長は目を閉じた。
肩、背中、肋のあたりまで、慎重に触れていく。筋肉は固く、熱を持ち、ところどころに妙な冷えが混じっている。
(……ひどい)
怪我そのものより、使い方の問題だ。
治しても、壊し続けてきた身体。
「……どうだ」
「治らない理由は、はっきりしてる」
副団長が、片目だけ開けた。
「聞かせてみろ」
「治療されてないからだ」
一瞬、沈黙。
「……は?」
「傷は塞いでる。痛みも抑えてる。でも、“戻す”時間がない」
俺は、肩甲骨の内側に指を置いた。
「ここ。ずっと詰まってる。戦うたびに、無理やり押し流してきた」
「戦いだからな」
「戦いでも、身体は一つだ」
副団長は、ふっと鼻で笑った。
「傭兵に説教か?」
「事実だ」
圧をかける。
強くはしない。逃げ場を探すように、じわりと。
副団長の顔が、わずかに歪む。
「……っ」
「痛いだろ」
「……まあな」
「これ以上やると、今日は動けなくなる」
「……それは困る」
そう言いながらも、副団長は逃げなかった。
「じゃあ、今日はここまでだ」
俺は、手を離した。
「……え?」
「今日は“戻り始めた”だけだ。続きは、明日以降」
副団長は、信じられないものを見る目で俺を見た。
「それで終わりか?」
「ああ」
「……治療ってのは、もっとこう……」
「派手で、分かりやすくて、すぐ効く?」
俺は、少しだけ口角を上げた。
「それは“対処”だ。治療じゃない」
副団長は、しばらく黙っていた。
やがて、肩をゆっくり回す。
――止まった。
いつもなら、途中で引っかかるはずの動きが、そこで止まっている。
「……おい」
「何だ」
「……今」
副団長は、目を見開いた。
「さっきより、マシだ」
「戻り始めた」
「治ったわけじゃねえのに?」
「治る途中だ」
副団長は、しばらく黙り込んだまま、肩を動かし続けていた。
やがて、低く笑う。
「……ふざけた話だな」
「何がだ」
「五年も、治らねえと思ってたもんが……」
言葉が、途中で途切れた。
俺は、それ以上何も言わなかった。
期待を持たせすぎると、壊れる。
身体も、人も。
「明日は、どうする」
副団長が尋ねる。
「様子を見る。動くなら、無理はするな」
「……傭兵に無理するなって?」
「聞くだけ聞け」
副団長は、小さく息を吐いた。
「……変な治療係だな」
「今さらだ」
焚き火の向こうで、団員たちの笑い声が上がる。
副団長は、立ち上がりながら言った。
「……期待は、してねえ」
「それでいい」
期待はいらない。
必要なのは、時間だけだ。
そして――
この世界で、一番与えられないものでもある。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




