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回復魔法が万能な異世界で、俺だけ治さない理由がある 〜触ると悪化するので、何もしない治療師やってます〜  作者: 夜凪レン


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第11話 傭兵団の治療係

 村を出てから、三日が経っていた。


 道は続いている。

 だが、行き先は決めていない。


 朝露に濡れた草を踏み、昼は木陰で休み、夜は星を見上げる。そんな歩き方をしているうちに、体力より先に判断力が削れていくのを感じていた。


(……まずいな)


 空腹は我慢できる。

 寒さも、なんとかなる。


 だが、足元がふらつき始めたら終わりだ。


 そんな時だった。


「おい、生きてるか?」


 低く、少し掠れた声が聞こえた。


 顔を上げると、逆光の中に人影が立っている。大きな体躯。革鎧に、傷だらけのマント。傭兵だと一目で分かる姿だった。


「……たぶん」


 そう答えたつもりだったが、声が思ったより弱い。


「“たぶん”か。まあいい」


 男は肩をすくめ、後ろを振り返った。


「水だ。あと、干し肉」


 別の傭兵が、黙って差し出してくる。

 喉が焼けるように痛み、俺は礼も言わず水を飲んだ。


「助かる」


 それだけは、ちゃんと口に出した。


「礼は後でいい」


 最初に声をかけてきた男が言う。


「名前は?」


「……通りすがり」


「はは。そういうのは信用しねえ」


 だが、追及はされなかった。


「俺たちは傭兵団だ。今は治療係が足りなくてな」


 その言葉で、少しだけ状況が見えてきた。


「……俺は、治療魔法は使えない」


 先に言っておく。

 後から揉めるのは面倒だ。


 男は一瞬だけ眉を上げたが、すぐに鼻で笑った。


「神殿仕込みじゃないってだけだろ」


「いや、本当に使えない」


「じゃあ、包帯は巻けるか?」


「それなら」


「十分だ」


 即答だった。


 俺は、少しだけ考えた。

 居場所を求めているわけじゃない。

 だが、倒れるよりはましだ。


「……条件がある」


「ほう?」


「無理をさせる治療はしない」


 男は一瞬黙り、やがて肩をすくめた。


「傭兵に無理をさせない治療係か。変わってるな」


「よく言われる」


「まあいい。倒れられるよりはな」


 そうして、俺は傭兵団の野営地へ連れていかれた。


 焚き火の周りに、十数人。

 笑い声と、剣を研ぐ音。

 血と汗の匂い。


 懐かしいような、そうでもないような空気だ。


「おい、拾い物だ!」


 さっきの男が声を張る。


「しばらく治療係をやる」


「拾い物? 野犬か?」

「痩せてんな」

「死にかけじゃねえか」


 遠慮のない声が飛ぶ。


 俺は焚き火の近くに腰を下ろし、呼吸を整えた。


(……悪くない)


 期待されない。

 崇められない。

 必要な分だけ、働く。


 それでいい。


「……おい」


 低く、別の声がした。


 振り向くと、焚き火の向こうに一人、動かない男がいた。

 他よりも少し年上。鎧の手入れは丁寧だが、肩の動きが不自然だ。


 視線が、合う。


「お前、本当に治療係か?」


「そういうことになってる」


「……だったら、後で俺を見ろ」


 短い言葉だったが、そこには諦めが混じっていた。


 ――慢性だ。


 一目で分かる。

 長く無理を重ね、壊れかけのまま使い続けている身体。


「副団長だ」


 最初の男が、低く教えてくれた。


「治らねえ古傷持ちだ」


 俺は、副団長と呼ばれた男をもう一度見た。


 流れが、詰まっている。

 しかも、かなり頑固に。


(……なるほど)


 ここは、村とは違う。

 英雄もいない。

 奇跡も期待されていない。


 だからこそ――

 やれることは、あるかもしれない。


「分かった」


 俺は、短く答えた。


「後で、時間をくれ」


 副団長は、少しだけ目を細めた。


「……期待はしてねえ」


「それでいい」


 期待は、いらない。


 この傭兵団で、俺はただの治療係だ。

 それ以上でも、それ以下でもない。


 ――少なくとも、今は。

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