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短編

魔王を倒すために、聖女と浮気して戦死した勇者を蘇らせます!

作者: 志熊みゅう

 ここは王都の外れにある墓地。私は夜な夜な墓守の目を盗み忍び込む。


 「エーリヒ・リヒテンシュタイン」


 お目当ての墓標を見つけると、すぐに腐りかけた死体を掘り起こした。丁寧に魔法陣を引き、自分の腕をナイフで切り裂き、その端に流血を落とす。


「スルゲ・カダウェル――目覚めよ、屍!」


 仕上げに魔法陣に魔力を流し、詠唱を行うと、私のまっすぐな黒髪が魔力で靡いた。


 私、エルザは闇魔法の名門シュヴァルツ侯爵家の長女に生まれた。我が家に伝わる秘術・死霊術では屍を蘇らせ、使役することができる。腐りかけた肉体を、魔力で再構築していく。


「アニマ・レウェルテレ――魂よ、戻れ!」


 この世への未練が強いのか、魂は冥界に旅立つ前だった。これは好都合だ。呼び戻すが手間が省けた。"禁術"で無理やり肉体を魂と縛り付ける。


「うぐうううーー。……エ・ル・ザ?」


 蘇ったエーリヒが、言葉を発する。肉体の半分がまだ腐ったままだ。金髪ときれいな翠眼はそのままなのに、その瞳には驚くほど生気がなかった。


「叔父上がドゥンケルシュタットまで侵攻している。次の狙いはおそらく王都。早く討ちとらないと。」


 エーリヒは全く状況が分からないと言った様子で、周りをきょろきょろと眺めた。でも、使役したアンデッドにいちいち状況を説明する義理もないし、時間もない。――それに、生前の彼は私を裏切ったのだから。


 エーリヒは辺境にある我が領で騎士の見習いをしていた二歳年上の幼馴染だ。元は貴族の出だが、一家が没落して、我が父が後見人になった。彼は不遇な生い立ちにも関わらず、いつも太陽みたいに明るかった。私はそんな彼が大好きだった。年頃になると平民の彼と将来の約束をするほど、私は彼を愛していた。


 そんな私たちの運命の歯車が狂いだしたのは、三年前に私の叔父が『魔王』を名乗って武装蜂起してからだ。叔父は我が家のはぐれ者。家督が継げないと知って家を出たが、いつのまにか死霊術を究めて、多くの魔獣や死体を使役することに成功した。叔父が王国を相手に宣戦布告したことで、我が家は家門から反逆者を出したとして、中央の役職を全てをはく奪されて、領地での謹慎を言い渡された。


 ちょうどその頃、中央聖教会で神の啓示があった。


『光の勇者とそれを支える聖女が魔王の息の根を止めるだろう。』


 時を同じくして、光魔法を発現したエーリヒは、光の勇者として選ばれた。


「必ず魔王を倒し、生きて戻る。エルザの、シュヴァルツ家の名誉を回復する。」


 シュヴァルツ領を旅立つ前、エーリヒはそう約束してくれた。それなのに……。


 魔王討伐パーティーの聖女には、中央聖教会で筆頭聖女を勤める、リーゼロッテ・ノイシュヴァンシュタイン公爵令嬢が選ばれた。聖女とは、神の力を借りて治癒や浄化といった聖魔法を扱う存在で、適性のある未婚の乙女が洗礼を受けて任じられる。なお、聖魔法の使い手である聖女は、光魔法とは異なり攻撃魔法を扱うことはできない。


 しかしリーゼロッテ嬢は聖女でありながら、見目麗しいエーリヒにだいぶ懸想していたようだ。何度も、お前みたいな逆賊の娘は、勇者との婚約破棄するべきだという旨の手紙を頂いた。


 討伐はエーリヒの光魔法で順調に進んだ。魔獣や死霊術は光魔法に弱いのだ。遂に彼らは魔王を追い込んだ。だがしかし、魔王は一枚上手だった。直接対決になり、隙を突かれた勇者は致命傷を受けてしまった。


 本来は、そこで聖女がすぐに治療を行うのだが。彼女はその時、既に力を失っていた。魔術師が転移魔法を使い、パーティーは命からがら、王都に引き返した。ただ残念なことに、エーリヒの治療は間に合わなかった。王都に戻ったところで彼は息を引き取った。


 王都に戻った筆頭聖女・リーゼロッテ嬢は、勇者であるエーリヒと恋仲になり関係を持ったと王に報告した。だから聖女の力を失ったと。この醜聞は、エーリヒの後見人であった父には連絡があったが、公に伏せられた。――勇者は魔王と勇敢に戦い、戦死したとお触れが出た。


 初めは何もかも信じたくなかった。だけど、勇者として、聖女とパーティーを組んで、彼女に特別な感情を持つのも仕方がないことかと思った。一方で勇者という希少な光魔法の使い手を失い、魔王の侵攻は歯止めが利かなくなっていた。


 闇魔法は、本来とても扱いが難しい魔術だ。それを管理し、魔獣との共生を目指すのが我が一門の使命。叔父のように、それを世界征服のためにその力を使うなど言語同断だ。幸い単純な魔力量だけを比べれば、私の魔力量は一門でダントツに多い。勇者なき今、一家の恥たる叔父をこの手で止めるしかないと思った。


 私はこのことを誰にも相談せず、一人、シュヴァルツ領を出た。本来、領外に出ていてはいけない謹慎中の身だ。身分を隠しながら、時に野宿もして、王都に向かった。王都に着いてからもシュヴァルツ家のタウンハウスではなく、庶民用の小さな宿屋を借りた。


 庶民の宿とはいえ、墓地から腐臭を漂わせたエーリヒをそのまま連れ帰る訳にはいかない。その場でかなり高度な肉体再生を行った。脈や呼吸は止まったままだが、ほぼ生きている人間と同じ状態まで回復させた。上手く動けないエーリヒを担いで、宿に連れて行く。


「エーリヒ、ここが今日の私たちの宿屋よ。」


「や・ど……。」


 まだ魂が再生された肉体に馴染んでいないのか、エーリヒの動きはぎこちない。宿の部屋に戻っても、もごもごと何かをつぶやいていた。しかし、彼の魂がまだこの世にいてよかった。あの世から呼び戻すとなると、いよいよ私は人間を捨ててしまうところだった。


 光魔法の術者は希少だ。それにエーリヒほどの魔力量を持つ者は他にいない。だからこそ、彼は勇者に選ばれた。死霊術で肉体の再生やその使役は行えるが、魂がないと魔法は使えない。だから私は禁忌を犯して、彼の魂を肉体に戻した。


 ――彼をこの世に縛り付けていたのは、魔王を討伐できなかった未練か?それとも恋人だった聖女・リーゼロッテ嬢への未練か?


 いや、どちらでもいい。私には関係ない。


「明日には隣の街・ドゥンケルシュタットに発つ。叔父上、いえ『魔王』とそこで対峙するわ。」


「……。」


「おそらく、ドゥンケルシュタットに着く頃には、もっと肉体と魂が馴染んでいるはずよ。」 


 私の闇魔法は、治癒魔法と違うから生身の人間の傷を癒すことはできないが、アンデッドを再生させることは得意だ。"不死身"の勇者として、彼には死してなお戦ってもらう。


 ドゥンケルシュタットへは馬で半日、次の日は早朝に宿を出た。


「エーリヒ、死体の皮膚は日光に弱いから、しっかりフードを被って。」


「わ・かった……。」


 虚ろな目でこちらを見つめるエーリヒ。真っ白でひんやりとした彼の肌に真っ黒なローブを引っかける。まだ身体を上手く動かせない彼を先に馬に乗せて、自分がその後ろに跨り手綱を握る。


 ――そういえば、自分に馬の乗り方を教えてくれたのはエーリヒだったな。二歳年上の彼は、馬の乗り方、剣の振り方、辺境で生きていくのに必要な色々なことを私に教えてくれた。


 だめだ。憐憫に浸っている場合ではない。ここで自分の命と引き換えにしても叔父を、魔王を止めなければ。


 ドゥンケルシュタットに近づくにつれ、瘴気が強くなる、普通の生物では呼吸がままならない状態だ。これ以上は馬で行くのは無理だと判断して、私は辺境から連れてきた愛馬を近くの木に繋いだ。


「エーリヒ、歩ける?」


「あるける……。」


 瘴気と言っても、闇魔法使いにとって空気と同じ。呼吸をしていないエーリヒも平気そうだった。森を進んでいくと、草むらに気配を感じた。魔獣だ。三つ首の猛犬が涎を流しながら、飛び出した。すぐにエーリヒが私を守ろうと動こうとしたが、身体が上手く動かせないのか、もたついている。彼にはまだ無理だ。


「ファルクス・モルティス――死神の鎌!」


 右手に闇魔法が流れて、魔法の鎌が具現化する。手に握った鎌を、魂と肉体のつなぎ目を狙って正確に振り下ろす。魂が肉体から離れ、魔獣は倒れた。


「えるざ、ありがとう……。」


「こんな雑魚相手に、礼なんかいらないわ。行くわよ。」


 そこから少し行くと、ドゥンケルシュタットの手前の小さな宿場町があった。逃げ遅れた人間がいないか、一軒一軒の中を確認していく。小さいボロ家に、男の子が倒れているのを見つけた。


「君大丈夫?しっかりして。」


 抱きかかえると、息はある。瘴気にやられ、気を失ったのだろう。このままだと命が危ない。エーリヒも心配そうにしゃがみ込んだ。


「……エーリヒ、これあなた光魔法で、なんとかならないかしら?」


 エーリヒがゆっくりと少年のおでこに手を当てた。温かい光が彼を包んでいく。懐かしいな、エーリヒの光魔法。そういえば、彼は魔獣に襲われた仲間を庇って光魔法に目覚めたんだっけ。


「しゅくふくをあたえた……。はんにちは、しょうきにあたってもだいじょうぶ。まじゅうもおそってこない。」


 やがて少年が目をゆっくり開けた。


「ねえ、ママはどこ?お姉ちゃん、お兄ちゃん誰?」


「この街の人は、もう王都に避難したはずよ。あなたには光の祝福を与えたから、半日の間は瘴気や魔獣から守られる。だから急いでここから逃げなさい。道はわかる?」


「うん。分かる!ありがとう、お姉ちゃん。」


 少年は、王都への一本道を、一人走っていった。


「私たちも行くわよ、エーリヒ。」


 ドゥンケルシュタットに向かうにつれ、瘴気が強くなっていく。街には強烈な死臭と瘴気が漂っていた。魔王は大量の魔獣を引き連れて、この地に奇襲をしかけたと聞く。住人の多くは訳も分からぬまま惨殺された。街には行き場を失った大量のアンデッドが、魔獣とともに徘徊していた。


 叔父は私と同じで魔力は強かったらしい。だから最後まで兄である私の父が家を継ぐことに納得できなかったという。魔王を名乗るだけあって、叔父は何千何百ものアンデッドを同時に使役できる。ただ私がエーリヒに施したような、魂の憑依や高度な肉体再生はできない。これは何代か前の当主が亡き妻を蘇らせるために編み出した禁術の一つで、シュヴァルツ家嫡子にのみ、その魔導書の閲覧が許可されているからだ。


 街の中央通りを行くと、腐りかけた肉体が次から次へと私たちに襲い掛かってきた。


「ウンダ・テネブラルム――闇の波動!」


 魂が宿らないアンデッドを衝撃波で吹き飛ばしていくが、これはキリがない。


「グラディウス・ルーキス――光の剣。」


 エーリヒはだいぶ肉体に魂が馴染んだのか、魔法を詠唱した。さすが、光の勇者。魔獣と闇魔法で使役されたアンデッドの群れを、光の剣でなぎ倒し、浄化していく。


「ありがとう、エーリヒ。だいぶ体に魂が馴染んできたのね。」


「ああ。大丈夫だ。――エルザ、一つ聞いていいか。俺は死んだのか?」


「そうよ。魔王を倒したら、ちゃんと冥界送りにするから、覚悟しておいて。」


「――そうか。」 


 魔獣達をなぎ倒しながら、エーリヒは悲しそうに俯いた。少し不思議だった。彼の魂の未練は魔王討伐ではないのか?未練がなくなった魂は、自然とあるべき場所に還っていくものだ。


 エーリヒがしっかり戦えるようになると、大量の雑魚魔獣とアンデッドは簡単に倒すことができた。そして、まがまがしい瘴気を放つ、本丸のドゥンケルシュタット城に向かう。おそらく魔王は、あそこに陣を取っているはずだ。


 次々襲い掛かるアンデッドの群れに切りかかり、弾き飛ばしながら、魔王に制圧されたドゥンケルシュタット城に攻め入る。城の階段を駆け上り、領主の間にたどり着くと、私と同じ黒髪の叔父がドス黒い瘴気を漂わせながら、待ってましたと、不気味にほくそ笑んだ。


「叔父上、お久しぶりです。そして、さようなら。私はここであなたを倒します。」


 叔父は私が幼い頃に家を去った。だからこうして対面するのは、だいぶ久しぶりだ。


「久しいな、エルザ。大きくなった。――そして、勇者?ま、まさか、シュヴァルツの禁術に成功したのか!」


 叔父が黒い瞳を恍惚とさせて、私を見つめる。


「ええ。我がシュヴァルツ家の生き恥である、あなたを野放しにしておくわけにはいきませんから、頑張りました。」


 叔父は、高らかに笑いながら言った。


「面白い、実に面白い。我が姪よ、手を組まないか?一緒に世界を征服しようじゃないか。」


「お断りします。叔父上は我が家門の使命をお忘れのようですが、私はあなたのようにはならない。」


「交渉決裂か。まあいい。兄に似て、正義感が強いようだが、ワシはそういうところが一番気に食わんのだ。」


「あら、奇遇ですね。私もあなたの何もかもが気に食わないです。」


「ふふ。お遊びはここまでだ。この世は力だ。思い知れ、エルザ!ファルクス・モルティス――死神の鎌!」


 死神の鎌を持った叔父が、一瞬で迫り、私の首元に斬りかかってくる。早い。私も必死に応戦する。


 私が生きている限り、エーリヒは何度でも蘇る。属性の相性が悪いエーリヒを相手にするよりも、直接、術者である私を叩くのは理にかなっている。この展開を予想はしていたが、まさかここまで、叔父の技の展開と動きが早いとは思わなかった。


 お互い、闇魔法は知り尽くしている。そこで勝敗はつかないだろう。死神の鎌で相手の魂を肉体から切り離すのが確実だ。必死に攻防を繰り返す。


「おい、魔王!エルザから離れろ。プリフィカ・テネブラス――闇を清めろ。」


 エーリヒが光を放ち、闇魔法によるアンデッドの支配を解いていく。彼自身も私の闇魔法で使役されている訳だが、あの禁術は少し特殊だ。私の魂を代償とした契約のため、光の魔法の影響を受けない。


 浄化しても浄化しても、すぐに無数のアンデッドが、あちこちからあふれ出して、エーリヒを取り囲む。やはり多勢に無勢か。一方で、鎌と鎌とがぶつかりあう音が激しく城内に響き渡る。


「エルザ、エルザ!!」


 エーリヒが叫ぶ。これではキリがない。うむ、どうしたものか。


 一瞬でも叔父の魔力が途切れ、アンデッドたちがその支配から外れれば。私の魔力量は叔父のそれを上回るから、たとえ詠唱が被ったとしても、こちらにアンデッドの支配を移すことができるだろう。なんとか隙を作らねば。私は、昔魔獣狩りの時によく使ったハンドサインをエーリヒに送った。何を伝えたかったのか、すぐに分かったらしく、エーリヒが小さく頷いた。


「ベネディクティオ・ルーキス――光の祝福!」


 まばゆい光が部屋を包み、城の全体を浄化していく。アンデッドたちがその場に倒れた。間髪入れずに詠唱した。


「インペリウム・モルトゥオルム――死者よ、服従せよ。」


 すると、一気に形勢が逆転した。次々と起き上がったアンデッドが叔父を突撃していく。


「クソ、貴様!」


「――エーリヒ、今よ!」


 その瞬間、エーリヒの光の刃が叔父の心臓を貫くと、魂が肉体から離れていくのが分かった。死神の鎌でそれをしっかり刈り取る。――終わった。やっと終わった。


 討ち取った叔父の首を刈り取り、その髪をつかんで片手で持ち上げた。これを王に差し出せば、我が家門にかけられた嫌疑も晴れるはずだ。


「エーリヒ、ありがとう。」


「お前なんで、俺に禁術を使ったんだ?」


 少し慌てた様子で、エーリヒが尋ねた。


「魔王をどうしても倒したかったから。それにあなたに『さようなら』って言ってなかったからかな?」


 エーリヒの虚ろな瞳が、寂しげに揺れた。


「エーリヒ、私はもう一人で大丈夫だから。」


「大丈夫っていうのはどういう意味?俺は用済みってことか?」


「――あなただって知っているでしょ?どうして、この術が"禁術"なのか。あなたを使役した時間の分、私の寿命は短くなっていくのよ。」


「……。」


「もう、あなたもこの世に未練はないでしょ?それとも、あの聖女様のことが心残りなのかしら?だとしたら、私には何もできないけど、あなたの魂を、ちょっと強引に冥界に送り還すくらいはできるわ。」


「……聖女だと?あの女がなんか言っていたのか?」


 みるみるエーリヒの眉間にしわが寄る。こんな憎々しげなエーリヒを初めてみた。私は淡々と続けた。


「だって、あなたと彼女は恋仲だったんでしょう?だから彼女は、聖女の力を失って、あなたを治癒できなかったって、陛下から報告があったわ。かわいそうに、リーゼロッテ様。今は公爵家で謹慎になっているって。」


「はあ?!俺はあの女と関係なんて持ってない!アイツは親の力を使って筆頭聖女になったんだ。それで、勇者に選ばれた俺に勝手に一目惚れして、パーティーに入ってきた。ろくな治癒魔法も使えないクセに。何度も言い寄られたけど、俺にはエルザっていう婚約者がいると、ずっと断ってきた。」


「え、うそ。じゃあ、リーゼロッテ様はもともと治癒魔法は使えなかったの?」


「ああ、聖女というにはお粗末な治癒魔法しか使えない。だからなるべく怪我をしないように、仲間の魔術師や剣士と協力して闘っていたんだが、最期は打ちどころが悪かった。生きて帰るって約束したのに――エルザ、ごめん。本当にごめん。」


 なんだ。エーリヒは裏切っていなかったのか。それを聞けただけでも、うれしかった。そして、この国の一大事だというのに、一人の公爵令嬢のわがままで、能力のない人間をパーティーに入れた陛下と宰相であるノイシュヴァンシュタイン公爵に、沸々と怒りが湧いた。


「――最期に誤解が解けたのは良かったわ、エーリヒ。死者の魂は還るべきところに戻るのが一番なの。この世に全く未練の無い人なんていない。だけど安心して。私がちゃんと冥界まで送ってあげるから。これは、あなたにとっても最善の選択はずよ。」


「待って!やめろ!俺はあの世になんか行きたくない。」


「ファルクス・モルティス――死神の鎌。」


 死神の鎌で肉体と魂を引きはがそうとすると、エーリヒに抱きつかれた。途端に彼の未練と執着があふれ出す。


「エルザは、俺がこの世からいなくなったら、どうするの?もしかして、辺境に戻って、他の男を婿にとるの?一生一緒にいようと約束したよね、エルザ?あれは嘘だったの?魔王が死んだら、俺は用済みなの?もし、エルザがそのつもりでも、俺は絶対、離さないから。」


 冷たい腕に強く抱き寄せられる。生前の明るかった彼からは想像もつかないほど、執着に歪んだ表情。まるで捨てられる前の仔犬みたいだ。


「――そうだ。どうしても俺を冥界送りにしたいなら、エルザも連れて行くよ。」


 エーリヒが私から離れ、少し悲しそうな笑みを浮かべながら、詠唱する。


「グラディウス・ルーキス――光の剣!」


 光の剣を握りしめ、私の首筋に沿わせた。もしかして、本気で私を手にかけようとしている?!


「やめて、エーリヒ!分かったわ。あなたを無理にあの世に送ったりしない。」


「――約束だよ、エルザ。これからはずっと一緒だ。」


 ほの暗い執着にからめとられて、結局、私は彼の魂を冥界に還すことができなかった。


***

 叔父の首を持って王都に戻ると、今までの逆賊としての扱いが嘘のように英雄として扱われた。私とエーリヒは、すぐに王と謁見した。


「ご苦労だった。シュヴァルツ侯爵令嬢。一族の名誉回復を約束しよう。褒美も与える。何でも言いたまえ。」


「ありがとうございます。」


「まさか、死んだ勇者をアンデッドとして使役して、魔王に討ちとるとは。逆転の発想ですね。」


 隣で宰相であるノイシュヴァンシュタイン公爵が媚びた笑みで笑う。なぜか、宰相の娘であるリーゼロッテ嬢もいる。親子そろって銀髪、碧眼だから目立つ。彼女は、もしかして、アンデッドとして蘇ったエーリヒを見に来たのか。こちらを見て目を輝かせている。


「シュヴァルツ侯爵令嬢、この度は素晴らしいご活躍でした。過去に逆賊の娘などと、恥ずかしい手紙を送ったことをお許しください。一つ、あなたにお願いがあります。そのアンデッドですが、私に頂けないでしょうか?何度も手紙をお送りしたように、私とエーリヒは生前愛し合っていたのです。」


 リーゼロッテ嬢が涙ながらにそう語った。アンデッドは、一般に魂を持たない存在。まさか、隣にいる虚ろな瞳のエーリヒに、意志や感情が宿っているとは思っていないのだろう。


 それにしても、彼女がエーリヒの死体にまで興味を持つとは思わなかった。欲しいと言ったものを必ず手に入れるわがまま令嬢とは聞いたことがあったが、ここまでとは。隣でエーリヒがわなわなと震えているのが分かった。


「――先ほど、何でも褒美を与えると、陛下が仰いました。では一つだけ、私から望みがあります。筆頭聖女を偽り、この国を滅ぼそうとしたノイシュヴァンシュタイン公爵令嬢リーゼロッテ嬢を反逆罪で訴え、公開処刑に処すことを望みます。」


「……あなた、何をおっしゃるの?!」


 リーゼロッテ嬢が目を丸くし、重い沈黙が室内に流れる。ノイシュヴァンシュタイン公爵が口を開いた。


「シュヴァルツ侯爵令嬢、あなた様は、勇者・エーリヒ殿の婚約者であったと聞いています。あなたには申し上げにくいが、この件については、我が娘も被害者なんですよ。彼は勇者であるという立場をわきまえずに、娘に手を出した。そして、我が娘の聖魔力が失われた。」


「うそをつくな!もともと彼女は小さな傷を治すくらいしかできないだろう?中央聖教会に金を積んで、筆頭聖女にしたくせに。」


 もうだまってられないと、エーリヒが叫び、ノイシュヴァンシュタイン公爵の胸ぐらをつかんだ。


「ひぃぃぃ!アンデッドがしゃべっている!!」


 ノイシュヴァンシュタイン公爵が腰を抜かして、叫んだ。


「エーリヒ、落ち着いて。陛下の御前よ。――ノイシュヴァンシュタイン公爵、リーゼロッテ嬢、これはシュヴァルツ侯爵家に伝わる"禁術"です。私は自分の命を代償として、彼の魂を腐った肉体に縛り付けている。彼を使役している時間の分、私の寿命は縮んでいます。――だから、彼を差し上げる訳にはいきません。」


「あ、ああ。何代か前のシュヴァルツ家当主が、冥界から魂を呼び寄せて、死者を蘇らせたっていう話は、本当だったのか……!?」


 ノイシュヴァンシュタイン公爵が、バケモノを見るような顔でこちらを見る。


「ええ。エーリヒの魂は未練は強すぎて、この世を彷徨ってましたけどね。それで公爵閣下、エーリヒ本人の証言を聞いても、エーリヒがリーゼロッテ嬢と関係を持ったと?では、この場ではっきりさせましょう。リーゼロッテ嬢をこちらに。私が、自白魔法で真実を聞き出します。」


「……。」


 この沈黙こそ、嘘だと認めたということだろう。


「陛下もご存じだったんですよね?もともとリーゼロッテ嬢には十分な素質がなかったことを。そんな人間を魔王討伐のパーティーに入れるなんて、我が婚約者に死にに行けと?」


「……すまなかった。確かに、はじめから力が及ばないことは知っていた。だが他の聖女たちも、危険が伴うこの任務には行きたくないと言ってな。自ら志願したのが彼女だけだったのだ。だから、王として、優秀な魔術師と剣士をサポートにつけた。しかし、こんなことになってしまった。きちんと聖女についても選抜をするべきだったと後悔している。」


「だからと言って、死者に濡れ衣まで着せて!!」


 涙があふれて止まらない。ちゃんとした聖女がサポートについていれば、今頃、私はエーリヒと結婚して、子どもだって授かっていたかも知れない。


「そうだな。ノイシュヴァンシュタイン公爵、これはけじめをつけるしかない。シュヴァルツ侯爵令嬢、この国には法律がある。私が一存で決められることは案外少ないんだ。彼女の処罰はきちんと捜査と裁判を経て決めさせてもらう。」


「――分かりました。」


「へ、陛下……。」


 リーゼロッテ嬢とノイシュヴァンシュタイン公爵が、膝から崩れ落ちた。


 それから私たちは、この事件の関係者としてしばらく王都に滞在した。捜査では、娘を筆頭聖女にするために、ノイシュヴァンシュタイン公爵が中央聖教会に多額の献金をしたこと、さらにリーゼロッテ嬢が、他の聖女たちを恐喝して、この任務が外れるように迫っていたことが、明らかになった。公爵家は降爵になり、領地の一部も没収された。そして、リーゼロッテ嬢は、私の要求通り、反逆罪に問われた。


 リーゼロッテ嬢の処刑は、しめやかに執り行われた。私たちはそれを遠くから眺めた。エーリヒの黒いローブの隙間から、生気のない緑の瞳が、処刑台を凝視していた。


「本当にこれでよかったのかしら?こんなことをしても、あなたは生き返らないのに。」


「でも、俺は満足した。」


「なんかエーリヒ死んでから、性格変わった?」


「いや、本質は昔から同じだよ。強いて言えば、生きている時は、みんなから認められたいって、多少は猫を被っていたかも知れないな。」


「そうなの?」


「ああ。でも死んだら、そういうのどうでもよくなった。例え君が使役をやめても、俺は君に憑りついて、絶対に離れないから。」


 彼の冷たい腕に抱き寄せられる。はじめ違和感があったこの冷たさも、今は愛着がわいている。


「じゃあ帰りましょうか。私たちの領に。」


「シュヴァルツ侯爵領は久しぶりだな。懐かしいよ。エルザ、また一緒に魔獣を狩ろう。俺もう死んじゃったから、君の焼いたホーンラビットのミートパイが食べれないのが残念だけど。」


「ふふ、そうね。」


「大好きだよ、俺のエルザ。死んでも離さない。誰にも渡さない。」


「ふふ、死んでもって、あなたもうとっくに死んでるでしょ。」


 彼は毎日、私にそう言うけれど、結局死んでも、裏切られたと思っても、彼を手放せなかったのは私の方だ。魔王討伐だってもっと他のやり方があったはずだし、今もこうして、己が命を代償にして、彼を使役している。


 実はこの術が"禁術"になっているのには、もう一つ別の大きな理由がある。この術を完成させた何代か前の当主は、既に冥界にあった妻の魂をこの世に連れ戻した。死者の魂は生者のしがらみに囚われない。いつしか蘇らせた妻に依存して、俗世と距離を置くようになり、最期は廃人と化してしまった。だから、私もそうなる前に彼を冥界に還そうと思った。だけどできなかった。


「ずっと一緒にいてね、エーリヒ。」


 ――生きている者が、死者と結ばれることなんて絶対にあり得ないのに。

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ちなみに現在連載中の新作も恋愛ファンタジーなので、もしよかったらこちらも覗いてみて下さい!


戦姫のトロイメライ~断罪される未来が視えたので先に死んだことにしました

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