5.ZB-03、封じられた小惑星
井上が第3会議室の扉をノックし、ゆっくりと開けた。
「近藤さんと神谷さんが到着しました」
室内には男女が一人ずついた。
会議室はおおよそ10畳ほどの広さで、正面に大型マルチディスプレイが設置されていた。机と椅子は教室のように並び、プレゼン用の低めの小型テーブルがディスプレイ脇に置かれている。
そして、こちらに背を向けモニターに向かった女性が、タブレットを操作しながら映りを調整していた。
肩までのブラウンストレートヘア、紺色のミニスカートスーツを身にまとっている。無重力空間でミニスカートを選ぶ女性は珍しい。上下左右が曖昧な環境では、思わぬトラブルが起こりやすいからだ。身長は170センチほど。ややグラマラスな体型が視線を引き付ける。そのミニスカート姿からは、自身をアピールしたいという意志が感じられた。
そして、男性はセリカたちが入って来たドア近くの壁に寄りかかり、腕を組んで2人を観察している。
黒いスーツに身を包み、髪は短く整えられていた。黒い皮手袋をはめたその姿は、スポーツマンか格闘家、あるいは元軍関係者を思わせるほどの体格の良さを備えている。身長は175センチほど。薄いグレーのレンズの眼鏡をかけており、フレームがやや太いことから、見るからにウェアブル端末である。
「近藤です。こちらが神谷さん。情報部の方ですよね?」
セリカが女性を情報部の担当と見て話しかける。彼女は入室してきた2人に気づき立ち上がると、簡単に自己紹介を始める。
「そう。ナタリア・ヴェレシチュクよ。こちらは保安部のアレックス」
「え!? 保安部?」
組織上の存在は知っているものの、全く付き合いのない謎の部署だ。『保安部』と言う名前に反し、法に触れるギリギリの仕事をする部署だと噂されている。
セリカの表情がわずかに強張り、タブレットを胸元に抱えるように持ち直すと、神谷と保安部の男性から距離を取るように一歩後ずさった。その身振りを察して、ナタリアが続ける。
「違うわ、逆なの。その逆よ。詳しくはこの後話すけど、彼は神谷さんの護衛よ」
セリカは2人に対して抱いた緊張を解いたが、今度は不安を抱き始めたらしく、顔がこわばっている。
「二人は三時間後のアステロイド中継ステーション行きの便よね。長くなるから始めましょうか。ありがとう、Mr.井上」
そう言って、言外に「あなたは聞かなくていい」と示唆する。聞きたそうな反応を示す井上に、
「聞かないほうが安全なのよ」
「知っていることを話して、生きて帰れることも……」
「全てを聞いた後、用済みで消されることもあるんだぞ」
アレックスが補足する。肩をすくめて井上は退出した。彼が去ったことを確認して、ナタリアが話し始める。
「そうよ。私の担当ではなかったけれど、月の裏側の資源採掘の可能性を調査する任務で、ムーンアークの繁華街でエージェントと打ち合わせをしたことがあるの。その時、彼はどうやら付けられていたらしいわ。アレックスではなかったけれど、別の保安部員が同席していて、打ち合わせの後、私は保安部と一緒に帰った。彼は自宅に戻り、翌日には月の裏側へ調査に向かう予定だった。でも、案内員が現れなかったらしくてね……」
ナタリアはタブレットを操作しながら、話に熱を帯びていく。
「オルディアって、身元確認を重視するでしょ? ドタキャンするような案内人なんて雇わない。だからおかしいと思って自宅を訪ねたら、椅子に座ったまま亡くなっていたらしいの。争った形跡はなかった。
後日、問題の調査に向かったところ、あったはずの施設が跡形もなく消えていて……。そんなはずないと思って調べたら、彼が内容を小耳に挟んでいたらしくて。多分、屈強なエージェントより簡単に口を割るだろうと思われたのね……」
「ねえ神谷さん、この話、今回の件に関係あるんでしょうか? 担当じゃないって言ってましたけど、途中『私』って言ってません?」
顔を寄せ眼鏡の上から上目遣いで神谷に小声で尋ねる。その声が聞こえたのか、タブレットを夢中で操作していたナタリアの手が不意に止まり、軽く咳払いすると——
「えー……、今回神谷さんの任務は、アステロイドベルト帯の資源惑星《ZB-03》の調査です」
突然、本題らしき話に切り替えた。話に夢中になってしまう性質だった。
「オルディアって優秀な人多いですけど、ちょっと変わってる人、多いですよね?」
セリカが小声で話しかける。神谷はわずかに首をかしげると、目を細めてセリカを見る。その仕草に何かを感じたセリカは、小声で──
「私は普通です!」
そう言うと、控えめな胸を張った。神谷は『できる女ムーブ』が崩れ、素を覗かせ始めたことに、思わず笑みを浮かべた。
ナタリアは手元のタブレットを操作しながら、次々と会議室のモニターに情報を展開していく。
「俺は、鉱石関係には詳しくないぞ」
画面に表示されていく資料から先回りして調査内容を口にすると、ナタリアは人差し指を立てて左右に振り、軽く上半身を折り、タブレットを持つ左手を腰に当てつつ神谷を指さして言った。
「分かってます。あなたの専門、ちゃんと把握してるから。」
しかし、その言葉は神谷に届かなかった。
モニターに映し出されたZB-03の地形データに、意識を奪われていたからだ。
(岩層のパターン、人工的とも思える構造の連なり。鉱石の分布にしては、あまりに整いすぎている。)
「……まるで、何かを封じ込めるために造られた構造物のようだ」
そう呟いた神谷の声に、ナタリアが手を止めた。
その顔には、驚きの色が浮かんでいた。
来週土曜更新します。




