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星環の遺産  作者: クリスタルボウイ
火星航路編

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4.仮登録と再認証の午後

「神谷さんは後ほど登録しますので、ちょっとお待ちください」


 そう言って受付カウンターに設置されたチェックイン端末を操作するセリカ。眼鏡を少し下げ、設置されたカメラを覗き込む。

 青白い光が一瞬瞳を精査する。すぐに、ウェアブル端末に認証コードが表示され、ゲート脇の認証パネルにかざす。ゲートにグリーンランプが灯り、ゲートが静かに開いた。


 セリカの後に続いてオルディア社の内部へと足を踏み入れる。

 ゲートを過ぎると来客用待合スペースになっていた。壁の大型モニターには完璧な容姿の魅力的な女性が補償プランを紹介する動画が流れている。

 

 神谷は足を止め、暫く見入る。はたから見たらプランに興味を惹かれたかと思ったかもしれない。だが神谷は別の場所を見ていた。


(顔の左右バランスが整い過ぎてる。――AIか。)


 フロアにはいくつかの椅子が置かれており、右手の背の低いロッカー越しにフロア内が見える。

 そこから見えるフロアはフリーアクセスらしく洒落たテーブルが並んでた。思っていたより人の姿が少ない。


(外出中? あまり人が少ないのはセキュリティー的に大丈夫なのか?)


 打ち合わせエリアに向かおうとするタイミングで一人の男性係員が来客用スペースに入って来た。未登録訪問者である神谷に気づいたのだろう、カジュアルスーツ姿で、黒髪を短く整えた30代前半ほどの男。調査部の井上貴裕だ。胸元には「T. Inoue」のネームプレートを付け、セリカと同様ゴールドのLineが入っている。井上は、以前ムーン・アークの事務所に勤務していた事があり、セリカとは顔見知りで2つ年上だ。


「こんにちは、近藤さん。久しぶり」


 井上は柔らかい笑みを浮かべながら、来客用スペースに入って来た。セリカは少し驚いたように笑みを返す。


「あれ、井上さん?起動エレベーターのチェッカーに異動になったって聞いてたのに」


「ああ、ここには1か月前かな。応援に回されたけど、セキュリティーチェックはL1で十分だと方針が変わってね。」


「あ~…… 落ち着いたのかな?」


「まぁそうだね。多分クウロンの関係で。詳しく話せないけど」

と、神谷をちらりと見やりお茶を濁した。


(意識されている? とは言え予想は付く。2本のエレベーターからの来訪者はL1でまとめてチェックできるからだろう)


 表立った公開をしていないが、オルディアは損害保険会社と言う観点から、宇宙空間での破壊活動を懸念していた。理由は神谷の予想通り、現時点で宇宙への来訪者は、多い順に作業員、工作員、観光者だ。


 少し距離を置いてそのやりとりを聞いていた神谷に、井上が目を向ける。


「こちらが申請のあった神谷さん?amの便で来られたんですか?」


 そして、神谷に向き直り話しかける。


「体調は大丈夫ですか? 酔い止め、飲まれました?」


「着いた直後に一応。効いているのかいないのか……」


 胸に手を当て軽く首をかしげる。


「フロアゼロからエスカレーターで下るとき、胃の存在を感じましたよね?その時、気分が乱れなかったなら効いてますよ。或いは三半規管が強いのか……」


 明るい顔をしてうなずく神谷に頷き返しながら、どこか観察するような目をしている。『研究者は大抵体が弱い』井上の中にはそんな先入観があった。


「研究開発部が来るのは珍しいね。近藤さんが担当ならいろいろ安心だ」


 セリカは研究開発部・テラノバGに所属している。研究開発部は新たな保険プランを作る部門だ。テラノバGは、オルディアの大口顧客テラノバ・インターナショナルパワーズの案件を専門に担当するグループ。入社時から今の部署だが、新たな案件を担当するのは初めてだった。


「いろいろ?……そうね。ようやく名前だけの担当から卒業だわ。情報部の方は来てます?」


『いろいろ』と言う点に、ちょっと不思議そうな顔をしたが、すぐに気を取り直し明るく返す。


「あぁ……第3会議室にいますよ。なんとなく感じ悪いんですよね2人とも。」


 その口調と態度には、わずかにうんざりしたものがにじんでいた。


「2人……も必要なのかしら?」

(思っていたより大きな案件みたいね……私で務まるかしら?)


 つぶやきながら、声が大きかったと気づきハッとする。知り合いとは言え、聞かれたかもしれない。ちらりと目をやると井上はタブレット端末を操作している。


 ホッとして、第3会議室に向かおうとしたセリカを、井上は軽く手を上げて制する。


「その前に、神谷さんはID登録してしまいましょう。」





 彼が指し示したのは、チェックイン端末脇に設置された視力検査装置のようなカメラだ。指示されるがままに、セリカと同じように覗き込むと目の前に小さな光点が浮かび、教えられたままに光点を注視すると網膜スキャンが始まった。



《 Now Scanning ... 》


《 No Match Found. Register Now 》



「もう、目を離して大丈夫です。暫くお待ちください」



 井上は、手持ちのタブレット端末で神谷のユーザー登録を行う。数秒後《 Temporary Authentication 》の文字が浮かび、ウェアブル端末との連携待ちを示すアイコンがチェックイン端末に表示された。


「これで仮登録完了です。次はウェアブル端末との連携ですね」


 促されるままに左手首の端末をゲート脇の認証パネルにかざす。



《 External device registration complete! 》



 セリカは神谷の端末を覗き込む。


「ちゃんと登録されたみたいですね。よかった。システムに対応していて……」


 井上はタブレット端末を閉じながら、少し肩をすくめていた。


 神谷の端末は地球製だ。地球人が宇宙に出る機会は少ない為、メーカーが『SPACE対応』と謳っていても、実際には確認手順を省略していることが多い。なので認証時にうまく認識されないケースがある。特に、あの国のメーカー製はトラブルが多く、セリカは、その事を気にしたのだ。


「お手数ですが、確認を含めて受付で再入室操作をお願いします」


 神谷はうなずき、受付端末に向かって認証操作を済ませる。


「では、ご案内します。こちらです」


 井上は先に立ち、静かな足音で通路を進み始める。神谷とセリカがその後に続いた。

次は土曜日更新予定です

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