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星環の遺産  作者: クリスタルボウイ
火星航路編

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3.特権オフィスレイヤ

 ムービングウォークがフロアゼロの端に差しかかる。


 前方には、ライトグレーの床材で覆われたフロアが、ゆっくりと右上から足元を通り左上へと回り重力を生み出している。だが、ここはトア・ステーションの回転軸に近い中枢部。回転による遠心力はほとんど働かず、重力はほぼゼロに等しい。


 窓の外には、巨大な歯車のような駆動装置が見える。フロアの外縁を支えるリングが静かに回転している。構造物全体の大きさから想像を絶する力がかかっている事を考えると恐怖すら感じる。


 ムービングウォークを降りると、セリカは一度立ち止まり、こちらを振り返った。


「ここがフロアゼロです。セントラルハブと同じく、ほとんど重力はありませんがグレーのフロアが下になります。まだ上下左右の感覚が曖昧なので、姿勢には気をつけてください。ここから1つ下のフロアに降ります」


 そう言って彼女は身体の向きを変え、フロアゼロに向かって歩き出しながら話を続けた。


「歩くというより、足を滑らせるように移動する感じで……」


 彼女と共に歩き出した──つもりだったが、地球と同じ感覚で足を踏み出した瞬間、身体がふわりと浮き上がる。


「あっ……」


 気づいたときには、両足が床から離れていた。慌ててつま先を伸ばして床を捕えようとしたが、無重力に近いこの環境では、そんな動きに意味はない。セリカがすっと手を伸ばし、神谷の腕を掴んで引き寄せる。彼女の動きは驚くほど滑らかで、まるで動きを予測していたかのようだった。


「展望フロアによく一人で辿り着けましたね。つま先が床に届いてたら、反動でどこかに跳ね飛ばされてましたよ」


 彼女は笑いながらそっと床に降ろすと、淡々と続けた。


「ああいう時は無理に動かず、じっとしていてください。私が捕まえますし、ほぼ無重力ですが重力があるのでやがて床に降りれます」


 実は、Passenger(パッセンジャー) Navigator(ナビゲーター)(PN)に展望台まで誘導してもらった事。幾度となく捕まえてもらった等、最早言い出すことができない神谷だった。展望台でセリカと会った時・・・迂闊にもフロアから足が離れ、戻れなくなった事を隠すために腕組みして浮いていた等、絶対に・・・


 セリカは控えめな胸を張ると


「良ければ、手を引いて差し上げましょうか?」


 いたずらっぽく微笑んで下に向かうエスカレーターへ歩いていく。




 ステップは、心なしか通常よりもゆっくりと下方へ降りていく。


「フロア数は降りるとカウントアップになり、一番下のフロアは月面重力に調整されています。徐々に重力が強くなっていきますので、手すりにつかまっていてください」


 セリカはそう言って、先にステップへと足を乗せた。彼女の動きは無駄がなく、慣れた様子でバランスを取りながら降りていく。神谷も続いて乗り込む。


 最初の数段は、まだ無重力に近く、足がステップに触れている感覚が曖昧だったが、降りていくにつれて、足元にわずかな重みが戻ってくる。


 身体が、少しずつ“下”を意識し始める。


「このエスカレーターは、重力勾配に合わせて設計されています。高齢の方や荷物の多い方でも安心して使える速度に設定されています」


 セリカの説明は、どこか案内係のようだ。


「1Fの下は宇宙空間なのか?」


「いいえ、3F迄ファクトリー・ラボフロア。4Fがビジネスフロア、5Fがアーケードフロア、6Fが動力設備フロアになっています。オルディアのオフィスが1Fなのは、出資先駆者特権です。」


 と言って胸を張る。彼女のネームプレートにはゴールドのLINEが入っている。出資先駆者特権マークだ。(いやいや、一応俺もオルディア所属だから胸を張るのは違くないか?)


「他にも出資者特権は、日本と第1次大口出資者のアメリカ、インド、オーストラリアが持っています。」


 やがて、徐々に足に床の感触が戻ってくる。降り口にはフロア数を示す『1F』記号とともに、重力レベルを示すグリーン1本線がマーキングされている。


 1F──通称「特権オフィスレイヤー」


 ここは月面重力──正確には、月の重力は地球の6分の1だが、1Fではその約3分の1──つまり、地球の重力の18分の1が再現されている──が再現されたファクトリー・ラボフロア。出資先駆者特権を持つ国と団体、企業がオフィスを構えるフロアだ。


 フロアは静かで、オフィス入り口はやや低めの天井に柔らかな間接光が灯っている。しかし、1フロア全体の高さはミドルフロアの中でも一番高く、天井はセントラルハブに達している。セントラルハブ付近の1Fはフロアの横面積が狭い為、高さで面積を稼いでおり、複数階構造になっているのだ。


 壁面には企業ロゴや案内表示が整然と並び、通路の両側にはガラス張りのオフィスが並んでいる。


 スタッフたちはホログラム端末を操作している。軽い重力にもかかわらず、フロアには落ち着いた雰囲気が漂っている。


 2人はフロアを歩き出す。体が軽く感じるが宇宙規格シューズの力で地上とほぼ同じ感覚で歩ける。そしてセリカはあるオフィスの入り口で立ち止まり、神谷の方に振り返った。


「こちらが、スペース・インシュアランス・オルディアのオフィスです」


 チェックインカウンターの後ろには、青と銀でロゴが浮かび上がっている。


“ORDIA SPACE INSURANCE MANAGEMENT OFFICE”

その下に、小さく 《リスクの先に、未来を》 という標語が添えられていた。


(《リスクの先に、未来を》か……保険会社のスローガンとしては挑戦的だな……だが、なんだかカッコイイな)


 その標語を見た瞬間、神谷の胸の奥に、懐かしい感覚がよみがえった。


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