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五 過去 余震⑤

 

 いま父の車が時速六十キロで、高台の一本道を近づいて来る。護衛役の陳元強のバイクはない。だからといって武装していないわけはない。ここは制圧して間もない倭族自治区なのだから。


 レイブンがぼくの意思を受け、高度を下げる。そのまま自動運転車のフロントグラスぎりぎりに接近した。


 自動運転車の運転席に座っているのは、秘書の李全国だ。父は後部座席で足を組んでいる。


 衝突防止機能が働いて、胡忠功の自動運転車が急停車した。ハンドルを握っていない李全国が衝撃で前のめりになる。驚いた胡忠功が「瓦礫に乗り上げたのか」といまいまし気にうなった。いえ、ロボットです、と李全国が訴える。錬邦どののロボットが、前方を邪魔しています……。


 レイブンは警報音に似た鳴き声をあげ、そのまま翼をはばたかせて前方でホバリングする。




 首をかたむけた姿勢で、ぼくはサカキバラに言った。


「ぼくを拉致するつもりがないなら、すぐ逃げた方がいいよ。足止めしているけど、あと五分もしないうちに、父の車がここに現れる」




 胡忠功に命じられ、手動運転に切り替えた李全国がレイブンを跳ね飛ばした。軽量化した強化プラスチックの胴体がフロントグラスにぶつかり、翼を広げた姿勢でボンネットの上に落下する。


 通信はまだ切れていない。思念を飛ばすと、レイブンはくちばしを開いて赤いレーザーを照射した。身を伏せた李全国の頭上を通過したレーザーは車のリーフを「じゅっ」と焼いた。


 レイブンはぼくの意のままにレーザーを左右に動かしたけど、機能停止するときが来た。


 後部座席から父が銃弾で弾き飛ばしたのだ。足を組んだまま。


 射殺。人工物に魂はない。でも、あのロボットはぼくの分身だ。この手で作り上げたのだから。




「とにかく、二人とも行けよ」


 サカキバラと兼平樹奈をうながしたときだった。


 李全国が運転する車のライトが、いきなり差し込んだ。ソーラーパネルの列を避け、自動運転では出せない猛スピードで接近してくる。


「早く!」


 隣のシートに身を滑り込ませた姉を確かめ、サカキバラがエンジンスイッチを押す。車の調子が悪いのか、エンジンがかからない。再び押したけど、なぜかエンジン音はしなかった。


「エンジンをかけ続けて……!」


 自動車を降りると、立ちすくんでいるぼくの目の前で、兼平樹奈はリアウィンドウに背中をもたれかける。足をふんばり、体重をクリーム色の車にかけた。


 胡忠功の車のライトが、そんな彼女を照らしている。


 ぼくはとっさに、彼女と同じく小さなエンジン車を両手で押した。エンジン音が響き、滑らかにタイヤが動き出す。


「おい、早く……」


 サカキバラが助手席側のドアを開こうとする。


「いいの! 行ってッ。ここは任せて!」


 鋭い叱責の声色に、サカキバラがついに発車させた。


 エンジン車がタイヤをきしらせて走り去るのを追うことはなく、父はぼくの前に現れた。


 李全国がライトをビームにしているせいで、兼平樹奈は左手で目をかばわねばならなかった。彼女の右手の爪は、きれいに切りそろえられて桜貝に似ている。その手はぼくの肩に止まっていた。さっきまでレイブンがいた肩に。


「錬邦、なぜわたしの車を邪魔した」


 胡忠功は湿地のわき道を疾走してゆくサカキバラの車と、ぼくと兼平樹奈を見比べ、噛みつくような表情をしていた。


「来なくて大丈夫だと言ったはずです」


 ぼくは早口になった。


「兼平さんが、ずっと付き添っていてくれたんです」


「あの小型車はなんだ?」


「余震でこのあたりを見回っている、近所の人です」


「レイブンを使って邪魔するとはどういうつもりだ」


「父さんだって、ぼくのロボットに銃弾を撃ち込むなんて、どういうつもりですか。ひどすぎます」


「自業自得だ」


 ぼくと胡忠功のやりとりを、李全国は車のそばで直立不動の姿勢をとって聞いている。ちらちらと兼平樹奈を値踏みするような視線を投げ、ぼくに意味ありげな薄笑いを浮かべた。相変わらず嫌なヤツだ。


「……あの」


 兼平樹奈がぎこちなく咳ばらいをした。


「お二人で大事なお話し中、申し訳ありませんが……。とにかくご子息は無事でしたし、ここは穏便になさってはいかがでしょう」


「倭族が生意気に口をはさむな」


 胡忠功は吐き捨てたけど、すぐ気を取り直して彼女を問いただした。


「いまの車は、何者だったのかね」


「錬邦さんがおっしゃったように、近所の方です」


「名前は?」


「すみません、聞き漏らしました。余震がまた来るかと気が気でなくて」


「ものすごく年寄りでしたよ」


 ウソを重ねるとぼろが出る。分かっていたけど、サカキバラとは乖離した人物像を提示しておく気になって、ぼくは言った。


「耳が遠い八十くらいのおじいさんでした」


 まずかったかもしれない。きっと胡忠功はそういう特徴の人物を検索するだろう。収拾したデータから。

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