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四 過去 聖域と彼女⑤

「レイブンがぼくの意思に従うのは当然で……つまりいままでは、群れのリーダーは地上にいるぼく本人だったんです」


 そう前置きして、肺に酸素を送る。


「でも、ぼくがリーダーだと二十羽のレイブンの動きがすべて統一してしまうことになりますよね」


「あ。そうしたら、分隊ごとの変則的な動きはできない……ということ?」


「そう」


 ぼくはうなずいた。


「ロボットの頭脳を自律型にする意味がなくなってしまう。そこでロボットのグループ内にリーダーを一羽設定し、ぼくに従わせながらも第三者には予想不能な、変則的な飛翔をさせてみたいんです」


「本物の鳥みたいに、ロボットが進化するとしたら」


 兼平樹奈が思案顔で続ける。


「いつか神の領域に行き着くかも……人工知能が」


「……神」


 ぼくは笑った。


 宗教は禁じられている。神は不在だ。そう教えられてきた。


 でも、神の領域とつぶやいた兼平樹奈を嘲笑したわけじゃない。


 ぼくが人工知能を研究することを、宗教的な意味で持ち上げられた気がして照れ臭かったからだ。


 兼平樹奈のまなざしを受けて、ぼくは緊張した。


「い、いま笑ったのは、違うんです。君が言った宗教的な言葉を、バカにしたわけじゃなくて……」


 どう取り成していいのか分からず、ぼくはしどろもどろになった。それが彼女の微笑みを誘った。


「いえ、何も気にしていません。わたしは錬邦さんが初めて笑ったから、ホッとしただけなんです」


「……そう」


「お世辞だと思われるといやだけど、本当にすごい研究だと思います。動物の群れからヒントを得て、人工知能に応用できるかどうか……を実践しようだなんて」


 感心してうなずく兼平樹奈に、ウソや揶揄、媚びは感じられない。でも、ろくに第三者と接したことがないぼくに、正確な人間観察なんてできるだろうか? それでもとにかく、ぼくは子どもの自由研究にしては高度なレベルだと、兼平樹奈から認められたことが嬉しかった。


「書記長のご子息が天才児と聞いていましたけど、本当だったみたいですね」


 ぼくは子どもじゃない。危うくそう言いかけて口をつぐむ。


 もし生身の人間の運転手がぼくらの会話を耳にしたら、奇妙に思ったことだろう。大人の女性と八歳児が対等に口を利いていることを。戯画化した自分と兼平樹奈の姿を思い描いて、内心でほくそ笑んだわけじゃない。


 ぼくが受けた脳手術。成長しない肉体。一個の生体デバイスだという、プライベートな事実を知られたくなかった。


 少し表情を改めて、兼平樹奈が言葉を区切りながら告げた。


「胡錬邦さんは、書記長といつでも連絡が取れるようにしておかなければいけません。一人暮らしにご理解がある親御さんでも、とても心配しているはずです。まだ和国は混乱していますから」


 皮肉か? あいつがぼくを心配だって? 再び戻って来た苛立ち。とっさに兼平樹奈をにらんだ。


 スマートゴーグル越しのきつい視線を意識せず、兼平樹奈は穏やかに見つめ返している。やはり片手をおなかに当てていた。


 唐突にぼくは悟った。


「君は、妊娠している」


「ええ」


 どういうわけか、ぼくはドキドキした。ぶしつけに指摘され、どぎまぎしている兼平樹奈以上に。


「どうして?」


「どうしてって……」


 ぼくの愚問をおうむ返しにされて、また胸が苦しくなった。震災と侵略。まさかこの人は、龍華連邦共和国の革命解放軍の兵士に?


 言葉をどう続けていいのか分からないぼくより、ずっと彼女は落ち着いていた。すぐ懸念を払拭しようと早口になる。


「都の職員に決まったと同時に結婚したんです。いまわたしは二十五歳。この子の父親は中学時代からの同級生で、式は小さなチャペルで挙げたんです。……大変なことばかりだったけど、おなかの子は丈夫ですくすく育っています」


「……そ、そう」


 うなずくので精一杯だ。


 大変なことばかり……。震災と侵略。


 なぜそうあっさりとそう言えるのだろう。国が奪われ、それでも日々を生きようとしている。


 ああ、ぼくが子どもの姿だからだ。ぼくが傷つかないよう配慮してくれている。


 父親はいまどこに? おなかの子は兼平樹奈の同級生。元気なのだろうか? もし亡くなっていたとしたら? ぼくの国のしたことが原因で。


 なによりも、初対面でそこまで立ち入る権利があるだろうか? 第一、もしもぼくの国の兵士が、この人の夫を傷つけていたとしたら? 命を奪ったとしたら? どんな言葉をかければいいんだ?


 ぼくが子どもの外見だから、この人は心を開いて話をしてくれるのであって、十八歳の体をしていたら、ざっくばらんに口を利くことはない。


 この思い付きはぼくを落ち込ませた。


 あとは沈黙した。兼平樹奈は意気消沈したぼくが、心細いのだと勘違いして、しきりにレイブンをほめて話題を保とうと努力してくれた。


 タクシーの車窓の向こうでは、談笑しながらエンブレムを設置している兵士たちの姿が後ろに流れていく。

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