四 過去 聖域と彼女③
ゆったりとした白いシャツワンピースに身を包み、髪を肩のあたりでカールしている。片手をおなかにおなかに当てて、もう片方の手は肘をつかんでいた。
「もとはここの職員だったそうだ。倭族の女だが、龍華語が上手い。お前の聖域にぴったりな物件を、あの女が手配するだろう」
言い捨てて、さも忙しそうに胡忠功は会議室に入っていった。
「……はじめまして。兼平樹奈です」
兼平樹奈と名乗り、ぎこちない足取りで近づいてきた。ぼくはたじろいだ。
一目で「彼女は安全だ」と直感したのに、なぜか位負けしている気がした。たぶん、ぼくはこれまで、同じ年ごろの友だちもいなければ女性と関わったことがなかったせいだ。
ネット漬けでの独学で、一人前にロボット工学を極めたつもりでも、実生活では孤児で非力で社会性に乏しい存在。それがぼくだった。
初対面の倭族の女性に、どう接していいのかわからない。
侵略した権力者の息子らしく、高慢に振舞うべきだろうか? 島国の倭族の女を一方的に見下す? ばかばかしい。この外見でそんなことをすれば、ぼくはとんだピエロだ。
兼平樹奈も、途方にくれているらしかった。ただ黙って立っているぼくを、子ども扱いしていいものかどうか……と。
このときのぼくは白いティーシャツにカーゴパンツ、いつものスマートゴーグルで顔半分を覆っていたし、肩には護衛用に改良したレイブンを乗せていた。
彼女をながめているのがなんとなく気まずくて、ぼくはレイブンにイメージで「羽根を伸ばせ」とコマンドを出す。
脳波を感知し、黒い炭素繊維の翼が伸びる。左、次に右。片足をあげてくちばしを開く。のどのあたりに備えた小型レーザー砲がのぞき、小さな赤い光りが灯る。
そんなカラス型ロボットとぼくの顔に視線をさまよわせ、一つ咳払いして兼平樹奈が息をつく。
「……すごいロボットですね」
おずおずと語りかける。柔らかなしゃべり方で、龍華語の抑揚は歌みたいに聞こえた。
「わたしは、兼平樹奈です」
再び、けれども前よりゆっくりと自己紹介した。自分の龍華語のアクセントが不完全で、ぼくが聞き取れないのだと思ったらしい。ぼくはうなずいた。
「胡錬邦です。こいつは、レイブン」
和語は学習していたけど、実際に倭族と会話するのは初めてだった。
彼女がレイブンを手がかりにして、距離を縮めようとしてくれることが嬉しい。なぜだろう?
「和語がお上手なんですね。……さすが書記長の息子さん」
彼女がうれしそうに口角をそっと上げる。
ぼくを本当の八歳児だと思い込んでいると知れた。それにスマートゴーグルをしているから、視覚障害児と考えたかもしれない。ぼくは誤解の一部を訂正するつもりになった。
「……あ、目が見えないわけじゃないんです。これは単なるウェアラブル端末です」
「それならよかったわ。目のトラブルって些細なことでも大変だから」
心底ホッとした表情を浮かべた。
すぐに「どうぞこちらへ」と片手で廊下を示すしぐさをした。ぼくらは並んで歩き出した。
「不動産物件をお探しですね。ご希望は?」
「できるだけ龍華のエンブレムが設置されていない開けた場所で、電源が安定している場所で暮らしたいんです……」
「お父さまと同居なさらないの? 和国はいま混乱しているんですよ」
ぼくは軽い苛立ちを覚えた。身内と一緒にいるべきだ、と兼平樹奈が諭す姿勢をとったから。
「研究に集中したいので」