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一 現在①

 晴れ渡った青空だ。黄砂もpm2.5も少ないことが一目で分かる。


 この日のために十日間、公害規制が徹底された。龍華連邦共和国倭族自治区では国営に統合した中小工場の稼働停止。ガソリンエンジンで動く自動車は都内での走行を禁じられた。


 その甲斐あって、空気中の排気ガスは流れて希釈され、東京に青空が戻ったというわけだ。


 といっても、目抜き通りはひどいありさまだった。


 アスファルトは割れ、ショーウィンドウはまだガラスが入っていない。街路樹の何本かは、崩れた建物の外壁に押しつぶされたままだ。


 半年前の大震災の爪痕。おまけに龍華連邦共和国・革命解放軍ドローンでの爆破と炎上が被害を大きくした。


 大きな瓦礫や遺体はすでに片付けられて、殺風景な焼け跡が目立ついる大通りを、ぼくらはオープンカーで通った。前後左右を囲むのは護衛のバイクだ。


 おっと、忘れちゃいけない。旧和国政府の首相・野中氏も後続車に乗っている。


 二台のオープンカーの色は真っ赤で、黄金の龍がボディに大きく描かれていて、タイヤホイールも細身の黄金龍だ。


 本音を言うと、好きなデザインじゃない。仰々しい派手な車って悪趣味だね。乗車しているこっちが恥ずかしいよ。


 そういう車はもちろん、運転手はいない。自動運転だから。


 車体前方にあるスキャナーは障害物を感知して蛇行するけど、ときどき車体がバウンドする。瓦礫が多すぎて避けきれず、乗り上げてしまうから。


 分かっているはずなのに、右わきをガードする陳元強はいちいちバイクを寄せて拳銃を抜く。そして沿道にいる人たちを威圧的ににらみつける。


 この地域の新しい最高権力者・胡忠功のオープンカーに走り寄る者がいたら、即座に射殺するつもりだ。流血沙汰が楽しみなんだろう。自分が忠実な護衛官だと誇示している姿勢には、胡忠功への媚びが透かし見えた。


「陳、そんなに気張らなくていいと思うよ」


 いかつい陳元強の肩に、ぼくはスマートゴーグルでおおわれた顔を向けた。


 声をかけられた陳元強は耳の脇に拳銃を持ち上げたまま、少し鼻にしわをよせる。


「いえ、胡錬邦どの。もしあなたの父上、胡忠功書記長が和国人に、つまり倭族のテロリストに命を奪われたら取り返しがつきません」


 沿道で旗を振っている人々を、陳元強は油断なくにらみ回した。


 青い空の下、龍華連邦共和国の旗を振る人々。


 和国に入植した龍華連邦共和国民ばかりじゃない。顔色が暗いのは太平洋に浮かぶこの島国に元からいた和国人、つまり倭族だ。




 十九世紀から一気に近代化し、富国強兵を実現させて龍華大陸の一部を実行支配した太平洋の島国・和国。


 二十世紀の世界大戦で連合国軍の前に、大敗北を喫した。そのとき連合国側の大国・アメリカから、平和憲法を押し付けられた。


 二度と戦争をしない、と誓約する憲法を護らせることは、その当時、軍国主義だった和国の力を削ぐためのものだった。およそ百年前の和国は、それくらい勇敢で強かったというわけだ。


 世界でも有数の極貧国にランク落ちするはずだった和国は、驚くべき早さで戦後の復興を果たし、一時は大国・アメリカと同盟を結んで経済大国に成長。


 ……といったところが、和国についての一般常識だ。


「ところで、父さん」


 隣の席の胡忠功に声をかけた。十八歳とは思えない幼い声で。


 ぼくの顔半分を覆うスマートゴーグルに、胡忠功の視線がぶつかる。まともに「父さん」と呼びかけられ、胡忠功は八歳のときから成長しないぼくの細い肩や肉の薄い体をまじまじとながめた。


 ほんの少し、躊躇した。スマートゴーグルをはずして肉眼で目を合わせようか……と。


 スマートゴーグルは目の渇きを癒すだけじゃなく、ぼくの視覚を補助して、脳内に外部の様子を映してくれる。三百六十度を。しかも、望めば視野を半径二キロ先まで広げることができた。ぼくの顔の一部みたいなものだ。


「なんだ、錬邦」


「来るまでに、ぼくは色々とネットで学んだんです。和国は一九七九年から四三年間、龍華連邦共和国に政府開発援助(ODA)を総額三兆六千億円を支出していますよね? ところが龍華国民はそんなことは知らない。それどころか、反倭教育をして和国を憎ませ続けた。なぜですか?」


「革命党政府が隠ぺいし、報道するはずがない。もしも和国に恩義を感じたら、民族的自尊心が傷つくことになる」


 当然のことをいまさら持ち出すな、と胡忠功は肩をくつろがせた。


「我が国の国家主席が江沢民主席のころ、本格的に愛国教育と反倭教育がはじまった。自分たちの力でインフラを整備し、貿易し、努力して大国になったのだと信じることが、龍華国民には必要だったのだ」


「革命党一党独裁の政府への不満を、和国人を憎悪することで逸らしていたんですね。で、和国から支援してもらったおかげで、政府は余ったお金をせっせと軍拡に注ぎ込んだ」


「なにが悪い。軍拡は必要だった。無論、過去に和国の支配下に置かれた屈辱を晴らすためだ」


 一方の和国は、どんどん享楽的になっていった。


 押し付けられた平和憲法を改正もせず、平和を享受しすぎた和国のうかつさは、計り知れない。


 自国の領空を隣の蝶仙民国や龍華の空軍パイロットが侵犯しても、領海をロシアと龍華の軍艦が通過しても、和国に領有権がある孤島に龍華の漁民が上陸しても、和国外務省は「遺憾に思う」とお決まりの公式発表するばかりで、大した反応を示さなかった。


 むしろ和国内では「相手国の様子を慎重に見極めなければならない。こちらがむやみに抗議して、平和を乱すことは許されない」と龍華や蝶仙の非礼を擁護する政治家も多かった。


 メディアもまた、それに迎合して領海や領空を侵犯する隣国を責めるようなことはしない。「平和を尊びましょう。こんなことは大したことではないのです。事を荒立てて、外交関係が悪くなってはいけません」と、ヤワな表現で国民の注意力を弛緩させていった。


「それに比べ、我が国のしたたかさはどうだ」


 胡忠功は楽しそうに続けた。


「歴代の国家主席は、和国の子どもたちが義務教育で使う教科書の文章にさえ口出しした。『和国が近代化し、富国強兵したのは将来、龍華大陸を侵略し、多くの植民地で地元住民を迫害し搾取するため計画的に実行した非人道的な歴史』と。……十九世紀はどの国も帝国主義の時代で、その波に乗らない国はインドや、その当時龍華大陸を統治していた清王朝のように、植民地になるしか選択肢はなかった。この事実を捻じ曲げ、和国を一方的に悪者に仕立て上げ、それを信じさせてきたのだ」


「……つまり、当時の和国人は軍国主義に走らなければ、ぼくらの先祖と同じ運命をたどっていたわけですね。富国強兵は、自衛手段だった?」

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