第8話:繋がる理由は、今ここにある
「……よう、陽翔。今日も一緒に帰ろうぜ」
放課後、昇降口で陽翔に声をかけてきたのは、佐伯翔太だった。昨日の昼休みに話しかけてきた陽翔の前の席の男子。
「……別に、構わないけど」
返答に戸惑いながらも、陽翔は断らなかった。一人で帰るより、なんとなく、その方が“普通”に思えたから。
並んで歩く帰り道。佐伯は特に話題を決めている様子もなく、のんびりと街を歩いていた。
「お前さ、異世界ではけっこう喋ってたんだよな。戦闘中以外も、意外とノリよかったし。……今は無理して話さなくてもいいけどさ、やっぱ“陽翔らしさ”ってやつ、見たくなるんだよ」
「……そいつがどんな奴だったのか、俺にはわからない」
「そりゃそうだ。でもさ、“今”の陽翔も、別に悪くないと思ってるよ」
陽翔は、返事をしなかった。だけど、その言葉は確かに心に残った。
──
翌日、学校。
昼休み、陽翔は机に突っ伏していたが、耳元に小さな気配を感じて顔を上げると、そこにはアリアが立っていた。
「……あの、これ。クッキー焼いてきたの。陽翔くん、甘いもの好きだったから……もしかしたら、今はそうでもないかもしれないけど……」
「……俺、そんなこと言ってたのか?」
「うん。甘いの食べると少し機嫌良くなる、って。昔の話だけど」
陽翔は小さく息をついたあと、包みを受け取った。
ひと口だけ口に運ぶと、思ったより甘くて、でもなぜか懐かしい気がした。
「……悪くない」
その言葉だけで、アリアの目が少し潤んだように見えた。
(なんで、こんな小さなことで……こんなに安心した顔、するんだよ)
彼女の想いの重さが、陽翔の胸に少しだけ染みこんでいった。
──
放課後。
陽翔は、美月に呼び止められた。
「陽翔くん、これ……見て」
差し出されたのは、写真立ての中の一枚の写真。異世界の城下町の広場で撮られた、笑顔の陽翔と美月、そしてクラスメイトたち。
「……こんな写真、あったんだな」
「うん。陽翔くんが提案して撮ったの。“いつか忘れちゃっても、これがあれば思い出せるかも”って……皮肉だよね」
陽翔はその写真をじっと見つめた。そこにいる“自分”は、知らないはずの自分なのに――不思議と、他人のようには思えなかった。
「……この写真、俺にくれ」
驚いたように美月が顔を上げる。
「思い出せるとは限らない。だけど、少しずつでいいから、“あの頃”を教えてくれ。俺が誰だったか……じゃなくて、俺たちが、どんな時間を過ごしてたのか」
美月の目に涙が浮かんだ。
「……うん、もちろん。何度でも、教えるよ」
──
夜。陽翔の部屋。
机の上には、美月からもらった写真立てと、アリアの焼いてくれたクッキーの包み。
彼はスケッチブックを開き、白紙のページにペンを走らせた。
線はまだぎこちない。でもそこには、昼間に見たあの“笑顔の自分”が、少しずつ浮かび上がっていた。
(……少しずつでいい。今の俺なりに、みんなと向き合ってみよう)
忘れた記憶がすべてじゃない。今ここにいる“自分”が選んでいく未来こそ、本当の関係になっていくのかもしれない。