第7話:知らないのに、近づきたい
昼休み。教室の窓際。
陽翔は相変わらずひとりで弁当を食べていた。以前よりも周囲の視線には慣れてきたが、関係を築くには至っていない。誰かと話すとき、常に“答え合わせ”をしているような気分になる。
(みんな俺を知ってて、俺だけ何も知らない。……ほんと、皮肉だよな)
そんな中――美月が、弁当を手に近づいてきた。
「……隣、いい?」
陽翔は一瞬、視線を上げるが、すぐに視線をそらす。
「……別に、勝手にすれば」
そう言うと、美月は隣に座り、二人並んで窓の外を眺めた。
しばらく、沈黙。
美月は小さく笑って呟いた。
「……なんか、変な感じ。こうして並んで座るの、懐かしい気がして」
「そうか? 俺にはさっぱり分かんねぇけど」
「うん、分かってる。でもね……あの頃の陽翔くんが好きだったの。すごく優しくて、ちょっと不器用で、でもまっすぐで……」
「……そんな奴がいたのかよ、俺の中に」
陽翔の声は少しだけ苛立っていた。
「……なんでみんな、そんな簡単に“過去の俺”を押しつけてくるんだ。俺はもうそいつじゃない。……今の俺を見ろよ」
美月の表情が一瞬だけ曇る。
「……見てるよ。ちゃんと、“今の陽翔くん”を。だから、一緒にいたいって思ってる」
「……無理だろ。俺は、誰のことも知らねぇんだよ。お前のことも……何も覚えてねぇ」
そう言って、陽翔は立ち上がろうとする。
だが――
「……怖いだけ、なんじゃない?」
美月の静かな声が、その動きを止めた。
「誰かを信じるのも、期待されるのも……全部怖いから、自分から閉じこもってるだけ。――でもね、それじゃ何も始まらないよ」
陽翔は黙ったまま、拳を握る。
その言葉が、図星だったからだ。
異世界で、誰かに信頼され、必要とされていたらしい。でも、そのすべてが「今の自分」とは切り離されているように思えて――
それを信じることが、怖いのだ。
「……俺は、そんなに強くない」
ようやく、陽翔の口から出た本音だった。
美月は微笑んで、そっと陽翔の手に自分の手を重ねる。
「じゃあ、一緒に弱くなろうよ。強くなんてならなくていい。私たちは、もう一度“はじめまして”からでいいんだよ」
陽翔は目を伏せたまま、手を振り払わなかった。
心の中で、小さな音がした。
それは、閉ざしていた扉の鍵が、少しだけ外れた音だったのかもしれない。
──
放課後、教室を出る陽翔の背後から、美月の声が再び響いた。
「また明日、陽翔くん!」
それは、特別な言葉ではなかった。ただの、ありふれた日常の一言。
けれど、陽翔はその背に向かって、かすかに――かすかに、頷いた。