第6話:知らないのに、みんな知っている
陽翔は、教室の席に座っていた。
休み時間。周囲は笑い声とおしゃべりで騒がしい。でも、自分の周りだけ空気が違っていた。
彼が意図的にそうしていることを、誰もが知っていた。
「……また独りでいるのかよ」
不意に声がかかる。陽翔が顔を上げると、前の席の佐伯翔太が振り向いていた。
運動部所属の快活な男子。異世界でも前線で陽翔と共に戦っていた仲間の一人だが、今の陽翔にとっては、ただの“クラスの人気者”。
「……何か用か」
「いや、ない。……でもさ、ちょっと聞いてくれよ。次の体育祭、クラスTシャツのデザイン投票あってさ。お前異世界でたまに絵描いてたけどけっこう上手かったよな。絵のセンス、割と評判良かったんだぜ? 」
「……知らねぇよ。そんなこと」
陽翔の返しに、佐伯は笑って肩をすくめた。
「だよなー。でも、俺は信じてるからな。お前がまた、絵描き始めたら、絶対面白いのが見れるって」
(……なんで、こんなに自然に話しかけてくるんだ?)
無理してるようにも見えない。ただ、昔からこうだったみたいに。
陽翔はそれ以上言葉を返せず、視線を下に落とした。
──
その日の帰り道。陽翔は1人で歩いていた。
校門を出た直後、ふと後ろから声がかかる。
「陽翔くん!」
振り返ると、藤咲さやが駆け寄ってきた。異世界では陽翔の作戦補佐役だった、頭の回転が速くて世話焼きな女子。
「ノート、落としてたよ」
手渡されたのは、彼のスケッチブックだった。
中を開くと、走り描きのようなドラゴンの横顔が描かれている。
「……これ、俺が描いたのか?」
「うん。授業中、寝てるようでたまにすごく集中して描いてるときがあるから……陽翔くん、たぶん指が覚えてるんだと思う」
陽翔はノートを抱え直した。
「……俺が知らない“俺”を、みんなが勝手に知ってるみたいで……正直、すげぇ気持ち悪いんだ」
「うん。それでも、陽翔くんが誰かの“特別”だったことは、本当なんだよ」
「“今”の俺は、誰の特別でもねぇよ」
そう呟いて、陽翔はその場を離れようとする。だが、さやが一言だけ、静かに背中に投げかけた。
「……じゃあ、これからなればいいじゃん。“今の陽翔くん”を、ちゃんと好きになるために、私たちがいるんだから」
その言葉が、妙に胸の奥に残った。
──
夜。帰宅後の陽翔の部屋。彼は布団に寝転びながら、スケッチブックを開いた。
誰が描いたのか分からない“自分の絵”。
でも、その線には、確かに“何か”が宿っていた。
(……俺は、誰だったんだ)
思い出せない記憶。けれど、今こうして少しずつ誰かと関わるたびに――
知らないはずの“絆”が、今の自分を包んでくる。