第4話:知らないのに、懐かしい
昼休み、陽翔は教室を出て屋上へ向かった。
いつからか、そこが“避難場所”になっていた。誰にも話しかけられないし、誰かの視線も感じない。なにより、風の音だけが静かに耳を満たしてくれる。
でも――今日は、先客がいた。
「お、陽翔? ここ来んの珍しいな」
その声に、陽翔の背筋が強張る。そこにいたのは、背の高い男子、風間蓮だった。
陽翔は戸惑いながらも隅に座った。風間は気にした様子もなく、自分の弁当をつまみながら話しかけてきた。
「相変わらず、人付き合い苦手そうだな」
「……」
「でも、昔よりは全然マシだよ。異世界に行った最初の方なんて、目も合わなきゃ相槌すらなかったからな」
その言葉に、陽翔の手が止まる。
「……それ、本当に俺のことか?」
風間は箸を止め、真面目な目でこっちを見た。
「お前さ、“あの時”のこと全部忘れてるんだよな。……けど、それでもいいって思ってるやつ、クラスにいっぱいいるぞ」
「……なんで? 記憶もない、誰かも分かんない奴に、そんなこと……」
風間は笑った。
「バカだな。記憶があろうがなかろうが、“今の陽翔”もお前だろ。……それだけで、十分理由になる」
(……わかんないよ)
陽翔は胸の奥がぎゅっと締めつけられるような感覚に戸惑っていた。どうして、そんなふうに言えるのか。
でも――どこか、懐かしい。この空気、この声、この距離感。記憶にはないのに、心が「知ってる」と言っている。
「……なあ、風間って、俺と……仲良かったのか?」
その問いに、風間は一瞬驚いたような顔をしてから、
「当たり前だろ。お前がいなきゃ、俺、多分とっくに死んでたよ。魔王戦でお前が俺を庇ったの、忘れねぇよ」
「……俺が?」
「そう。俺ら、バディだったんだよ」
陽翔は何も言えずに俯いた。何も思い出せないのが、悔しい。
けれど――彼の言葉の端々には、嘘がないと感じられた。
(……そうか。俺にも……ちゃんと誰かがいたんだ)
風が吹いた。それはまるで、かつての記憶が彼の肩をそっと撫でていくようだった。
──
その日の放課後、陽翔は教室のドアを開ける手を一瞬だけ迷ったあと、意を決して入った。
「……あ、陽翔くん」
美月が声を上げる。陽翔は一瞬、気まずそうに目をそらした。
でも、昨日とは違った。
彼は、無言で隣の席に座った。たったそれだけ。されど、確かな一歩だった。
美月の目に、微かに光が宿る。
(……ありがとう、風間くん)
(そして、陽翔くん……)
少しずつ、変わり始める。それは、思い出すという形ではない。けれど確かに、“今”の彼がクラスの中で再び歩み始める第一歩だった。