第3話:俺なんて、ただのモブだろ
「陽翔くんってさ、今のクールな感じも良くない?」「いやいや、あの時の熱血な感じがかっこよかっただろ?」
そんな声が、陽翔の耳には痛かった。
クラスの誰もが、優しかった。毎朝挨拶してくれて、話しかけてくれて、ノートを貸してくれて、昼休みに誘ってくれて――でもそれが、陽翔には苦痛でしかなかった。
(なんで、みんなこんなに……優しいんだよ)
自分が思い出せないだけで、きっと何か「凄いこと」をしたんだろう、ということはうすうす察していた。でも、それは自分じゃない誰かだと思えて仕方がなかった。
俺はただの陰キャだった。いつも一人で、本を読んで、誰かに話しかけられると声がうわずって――それなのに今、みんなが「俺じゃない誰かを見るような目」で俺を見る。
気持ち悪い。怖い。期待に応えられない。
「……俺は、何もしてないのに……」
言葉に出した瞬間、昼休みの教室で隣にいた美月が、はっとしたように顔を上げた。
「……陽翔くん?」
彼女の声が優しくて、思わず目をそらしてしまう。
陽翔は立ち上がり、教室を後にした。
──
屋上。無人の空間に風が吹く。
「……俺なんて、ただのモブなんだよ。何が“ありがとう”だよ……」
自分を知りもしないくせに、みんなは「思い出の中の俺」を見ている。そんなの、苦しかった。
そこへ、そっと足音が近づいた。
「……陽翔くん」
振り返ると、美月がいた。彼女は息を切らしながらも、遠慮がちに近づいてきた。
「……ごめん。ついてきた。無理に話そうとはしないから……でも、陽翔くんの顔、見たかった」
「……見ても意味ないだろ。お前が知ってる“俺”なんて、どこにもいないんだよ」
「それでもいいの」
美月の声は震えていた。
「今の陽翔くんに、私はまた……恋をするから。時間がかかってもいい。もう一度、好きになるところから始めさせて」
陽翔は目を伏せた。心の中が、何か温かくて重いものでいっぱいになるのを感じた。
(……俺なんかに、そんな風に思ってくれる人が……)
彼女の言葉は、まだすぐには信じられない。でも、今だけは――否定しきれなかった。
「……勝手にすれば」
ぽつりと、そう言った陽翔の声は、どこか弱く、そして優しかった。