表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/16

第二話:知らない君、知ってる私

「陽翔くん……またひとりで帰っちゃったね」

放課後の廊下、窓の外に見える後ろ姿を目で追いながら、美月はそっと呟いた。


その背中は、異世界で何度も見てきた頼もしくて優しい彼のものと、寸分違わなかった。だけど――彼は、もう自分のことを「美月」として見ていない。


数日前、全員で元の世界に戻ってきた時のことは、今でも鮮明に覚えている。全身が光に包まれ、気づけば教室の床に倒れていた。ざわめきの中、陽翔が動かないことに気づき、真っ先に駆け寄った。

でも――彼の目が、美月を見ても何も反応を示さなかったあの瞬間。胸が冷たくなった。


(記憶が……全部、なくなってる)


彼が今持っているのは、転移前――クラスでもほとんど誰とも話さず、いじめまではいかなくても軽く扱われていた頃の自分の記憶だけ。美月と目が合っても、「あ、うん……こんにちは」と、曖昧な笑顔を返すだけ。


(あんなに一緒に過ごしたのに。命をかけて戦ったのに。手を握って、キスもして……)


涙が出そうになる気持ちを、何度も飲み込んだ。

でも――それでも、美月は決めていた。


「もう一度……やり直そう。今度は現実の陽翔くんと、ちゃんと向き合いたい」


それは、自分自身のわがままなのかもしれない。でも、彼がまた一人になってしまうのを、放っておけなかった。

彼は人と関わるのが苦手だ。家のことも、昔から孤独だったのも知っている。

だからこそ、今度は無理をさせない。押しつけない。ただそばにいて、少しずつ……記憶じゃなくて、今の「関係」を育てていく。


「なぁ、美月、今日もダメだったのか?」


後ろから、同じクラスの男子――三原健太が声をかけてきた。魔王戦で陽翔と共に前線に立った仲間の一人だ。


「……ううん、少しだけ話せたよ。『ありがとう』って言ってくれたの。あいまいだったけど」

「そっか。それなら進歩だよ。あいつ、すごい不安なんだと思う」

「うん。……でも、きっと大丈夫だよ。あの陽翔くんだもん」


それは信じているというよりも、祈りに近かった。

美月は鞄を肩にかけ、再び窓の外に目をやる。校門の先、小さくなっていく彼の背中を見つめながら――静かに、歩き出した。


(今度こそ、ちゃんと支えるから。忘れてしまっても、私は、あなたを覚えてるよ)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ