第15話:この瞬間に、君がいた
文化祭の全日程が終了した夜。クラスは打ち上げ会場として、校舎裏の広場にテントを設置し、簡単なパーティーを開いていた。
ランタンが柔らかい光を灯し、ジュースやお菓子を囲みながら、皆が思い思いに文化祭の余韻を語っている。
「いやぁ~、陽翔が最後、トレイ3枚も持って来たときは本気でヒヤヒヤしたって!」
「むしろよく耐えたよな、笑いこらえてたぞ、あれ」
「てか陽翔、意外と愛されキャラだったんじゃね?」
そう言われて、陽翔は一瞬きょとんとしたあと、肩をすくめて笑った。
「……そんなつもりじゃなかったけど。なんか、勝手に周りが笑ってくれてた気がする」
「そういうのが大事なんだよ!」
「お前、めっちゃ成長したよな」
周囲にどっと笑いが広がる。
最初は戸惑っていた陽翔も、今は自然に輪の中にいた。もみくちゃにされながら笑い、冗談を返し合い、失敗もみんなで笑って乗り越える――
(……こんなに、温かかったんだ)
心の奥がじんわりと熱くなる。
誰にも踏み込まれたくなかったはずの場所に、今、確かに人のぬくもりがある。そして、自分はもう、それを拒まなくてもいいのだとわかっていた。
──
その少し後。
賑わう会場から離れ、陽翔は静かな夜風に当たっていた。自販機の明かりだけが照らす階段の隅に腰を下ろすと、喧騒が遠く感じられる。
深く息を吸う。
(……これが、終わったってことなんだな)
そのとき、足音がした。
「ここにいると思った」
声に振り向くと、美月が立っていた。彼女も手に缶ジュースを持って、隣に座る。
「おつかれさま、陽翔。……すっごく、頑張ったね」
「……ああ。ありがとう。正直、まだちょっと信じられないけどさ」
「私、今日ずっと見てたよ。陽翔が、みんなと笑ってる姿。……本当に、素敵だった」
風が二人の髪を揺らす。
陽翔は、どこか気恥ずかしそうに俯いた。
「俺さ、最初……怖かったんだ。誰かと繋がるのも、笑われるのも、失うのも。でも、今日みたいに……誰かと一緒に“楽しい”って思えることが、こんなに嬉しいなんて……知らなかった」
「うん……知ってほしかった。私、陽翔に……この“居場所”を、感じてほしかったから」
「美月……」
彼女は、陽翔の手をそっと握った。
少し震えていた。
「……陽翔。記憶を失っても、もう一度好きになってもらおうって、ずっと覚悟してた。でも、今のあなたが……“今のままで”好きになってくれたら、それが一番嬉しいって、今日思ったの」
夜の静けさが、二人を包み込む。
「私、陽翔のことが好き。現実でも、ちゃんと……恋人になりたい」
陽翔は、しばらく言葉を探していた。けれど、その視線は彼女から逸れることはなかった。
「……俺も、そう思えたらいいなって、ずっと願ってたんだ。今日、本当に心から思った。……美月、俺も、君が好きだよ」
美月の目が潤んだ。
そして、そっと顔を近づけ――二人の唇が、重なった。
温かくて、やさしくて、この世界で初めて「大切にしたい」と思えたぬくもりだった。
──
遠くで、クラスメイトたちの笑い声がまたひとつ、夜空に響く。
陽翔はその音を聞きながら、美月の手をしっかりと握り返した。
もう、ひとりじゃない。もう、逃げない。
――俺は、俺の“物語”を、ここから始める。
【完】