第一話:帰還、そして喪失
強烈な光に包まれ、全身が宙に浮くような感覚が広がっていた。戦いは終わった──魔王は討たれたのだ。俺たちの勝利だった。しかし、その勝利の余韻に浸る暇もなく、世界は激しく揺れ動き、幾つもの時空の亀裂が生まれた。満身創痍だった俺たちは抗うことができずに時空の狭間に飲み込まれていく。
胸に冷たい何かが突き刺さった。鋭い痛みが体中を走り抜け、意識が遠のいていく。それは魔王の最後の呪い。絶望の一撃だった。
「終わりたくない……」そんな思いがわずかに残ったが、次の瞬間、すべては闇に包まれた。
―――
気がついた時、教室の中には全員が倒れ込んでいた。まるで、夢から覚めたような、あるいは長い眠りの果てのように。
「……戻ってきた……のか?」
最初に起き上がったのは、クラス委員の西村悠真だった。彼の声が教室の静寂を破ると、皆が次々と目を覚ましていく。
誰もが自分の体を確認し、周囲を見渡し――そして、陽翔の姿を探した。
「……陽翔は!?」
誰かが叫び、教室の後ろを見た。
そこには、椅子にもたれかかるようにぐったりと倒れている陽翔の姿があった。
「陽翔くん!」
真っ先に駆け寄ったのは、美月だった。異世界で彼と恋人になった少女。涙ぐんだ目でその顔を覗き込む。
「お願い、起きて……!」
すると、彼のまぶたがゆっくりと開いた。
「……え……?」
「陽翔くん!? よかった……!」「目が覚めた!」
皆が安堵する中、彼だけは――戸惑った目をしていた。
「……え、なんで……? ここ、教室……? なんでみんな集まって……?」
「……陽翔、大丈夫……だよな?」
クラスの誰かが不安げに言った。
陽翔は、混乱した様子で周囲を見回し、そして――震える声で口を開いた。
「……なんで……みんな俺の名前知ってんの?」
その瞬間、教室の空気が凍った。
彼は記憶を失っていた。
異世界で過ごした一年以上の時間。戦いの記憶、仲間たちとの絆、魔王を討ち果たした英雄としての自分。そして――恋人だった美月との時間までも。
「……何だよ、お前ら……」
陽翔のその一言に、誰も言葉を返せなかった。
数日後。
陽翔は、元の陰気な少年に戻っていた。昼休みは教室の隅で一人。誰かが話しかけても、上の空で、うつむいたまま。
彼にとっては、クラスメイト全員が「見知らぬ人」だった。彼自身も、自分がなぜみんなから好かれているのか、まるで分かっていない。
廊下ですれ違うたび、誰かの視線を感じる。「陽翔くん」「ありがとう」「また話そうね」――そんな声すら、彼には重荷だった。
(なんで……みんな、こんな優しいんだ?)
(俺、ただの“空気”だったはずなのに……)
陽翔は知らない。彼がどれほどクラスを支え、命を張って守ってきたかを。そして――美月を、どれほど大切に想っていたかを。
今の彼にとって、それらは失われた“もう一人の自分”の記憶。
だが――それでも、周囲のクラスメイトたちは、彼を放ってはおかなかった。
「また、ここから始めよう」「今の君と、もう一度絆を結びたいんだ」
それが、全員の願いだった。
そして、物語は始まる。記憶を失った英雄と、彼を知る仲間たちの、再び築かれる絆の物語が。