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地球貢献系の彼女

最後あたりにショックがあります。

夏の終わりを告げる涼しい風が吹いているが日差しはまだ強く、まだまだ夏を感じさせる。


 俺はズボンのポケットからスマホを取り出し、メッセージを確認する。その瞬間、ポケットに入っていたレシートがひらひらと地面に落ちた。気にも留めずに歩き出そうとした、その時だった。


「ねぇ、」


 背後から、澄んだ声が聞こえた。


 振り向くと、そこに立っていたのはひとりの少女。肩までの黒髪が風に揺れ、透き通るような白い肌が夕陽に染まっている。けれど、彼女の瞳だけはまっすぐ俺を射抜くように冷たく光っていた。


 「……それ、拾わないの?」


 視線を落とすと、足元に落ちたレシート。彼女の指先がそれを示していた。


 「ああ、これか。ポケットから出たみたいだな」


 俺は軽く苦笑しながら屈んで、それを拾い上げる。すると、彼女の表情がほんの少し和らいだ気がした。


 「よかった。もしそのままにしてたら……」


 「……してたら?」


 「あなたを"環境の敵"として認識しなきゃいけないところだった」


 冗談めかして言ったつもりなのか、彼女はふわりと微笑んだ。でも、その瞳の奥はまったく笑っていなかった。


 「……そんな大げさな」


 「ううん、大げさなんかじゃないよ?」


 彼女は一歩、俺に近づいた。


 「ねぇ、あなたは……地球を大切にしてる?」


 唐突な問いだった。でも、彼女の声は真剣そのもので、俺は軽く息をのむ。


 「まあ……普通に生活してるつもりだけど」


 「ふぅん、普通……かぁ」


 彼女は少し考えるように目を伏せたあと、ふっと微笑んだ。


 「だったら、これからちゃんと"意識"してみてね?」


 その瞬間、不思議な違和感が背筋を這い上がった。まるで、"試されている"ような感覚。


 彼女は、俺が落としたレシートを見つめながら言った。

 「うん。あなた、きっと素敵な人になれるよ」


そう言って、彼女は俺に微笑みかけた。

それが、俺と彼女の地球温暖化防止活動(?)の始まりだった。


 ***


それからしばらくして俺は彼女と何度も顔を合わせるようになった。まるで偶然を装うように、気づけば俺の行く先々に彼女がいる。


 「奇遇だね、また会ったね」

 「こんなところで何してるの?」

 「へぇ、お昼はコンビニで済ませるんだ。もったいないなぁ」


 最初はただの偶然だと思っていた。彼女は環境問題に詳しく、話してみると意外に楽しかった。俺が無意識にしていたこと たとえば、ペットボトルを捨てる前に潰さなかったり、コンビニのビニール袋をそのまま捨てたりすること を、彼女はひとつひとつ指摘してきた。


 「ねえ、それ、ちゃんと分別してる?」

 「エアコン、すぐにつけるんだね……窓を開けるっていう選択肢、ないの?」


 最初は鬱陶しいと思った。けれど、彼女は決して怒ることはなく、ただ静かに、でもじっと俺を見つめながら言うのだ。


 「私、あなたが"いい人"であってほしいの」


 その言葉の意味を、俺は深く考えなかった。ただ、彼女と話す時間は意外と心地よく、気づけば俺の方から話しかけるようになっていた。


 ある日、俺は駅前のカフェで彼女と向かい合っていた。


 「最近さ、俺もちょっと環境のこと考えるようになったよ」


 コーヒーを飲みながら、何気なく言う。彼女は驚いたように目を瞬かせ、それから嬉しそうに微笑んだ。


 「ほんと? すごいね、あなた」


 「まあ、お前にいろいろ言われたからな」


 「そっかぁ……じゃあさ、もっと"意識"してみる?」


 彼女はそう言って、ストローのないカップを指先でなぞった。


 「もっと、環境のことを考えて生活したら、きっと今よりずっと素敵な人になれるよ」


 「まあ、できる範囲ならな」


 「できる範囲……?」


 彼女の声のトーンが少し変わった。ふと顔を上げると、彼女はじっと俺を見ていた。その瞳はどこまでも澄んでいて、深い湖のようだった。


 「ねえ、それって"私のために"?」


 心臓が、不意に跳ねた。


 「お、お前のため……?」


 「うん。だって私、あなたが素敵な人になってくれるのが嬉しいの。あなたの意識が変われば、きっと世界はもっと優しくなる。地球も喜ぶ。私も嬉しい……ね?」


 彼女はゆっくりと身を乗り出し、俺の手にそっと触れた。指先がかすかに震えている。


 「私ね、あなたのこと、ずっと見てたんだよ?」


 ずっと?


 「あなたの家の近くのゴミ捨て場、あなたがきちんと分別してるか気になって……見てたの」


 「……は?」


 「そしたらね、まだ完璧じゃなかった。ちょっと残念だった。でもね、でもね......! それでも、あなたは"変われる"って思ったの!」


 彼女の手が俺の手をぎゅっと握る。その力が妙に強くて、少しだけ怖かった。


 「ねえ、私と一緒に、もっとエコな生活しよ? ふたりなら、もっと素敵になれるよ?だから付き合って?」


 その瞬間、俺は理解した。


 彼女は"環境保護活動"のために俺に近づいたわけじゃない。


 "俺だから"、近づいたんだ 。


 「ねえ、答えは?」


 逃げられない。彼女の瞳が、俺の心を絡め取る。


 そして俺は、どうしようもなく


 「……わかったよ」


 その日、俺は彼女と付き合うことになった。


 ***


かのし付き合い始めてから、俺の日常は少しずつ変わっていった。


 彼女は笑顔で俺の生活を"指導"してくれる。


 「朝起きたら、まずカーテンを開けるんだよ? ほら、太陽の光で自然に部屋が明るくなるでしょ? 無駄に電気をつける必要、ないよね?」


 「シャワーは一回に五分以内ね? 長く浴びると、それだけ水が無駄になっちゃうから」


 「お弁当を作ってきたよ。コンビニのおにぎりはプラスチックゴミが増えちゃうもんね? だから、これからはお昼は全部、私が作るね?」


 最初はただの"エコなアドバイス"だった。俺も彼女の影響で少しずつ環境を意識するようになり、「まあ、悪くないか」と思い始めていた。


 けれど、それはある日を境に"義務"になった。


 「ねえ、昨日の夜、エアコンつけてたでしょ?」


 夜、俺のスマホに彼女からのメッセージが届いた。


 「え? なんでわかるんだよ?」


 「だって……あなたの部屋のカーテン、少しだけ揺れてたの。あの時間、風は吹いてなかったから、多分室外機の風のせいだよね?」


 ゾクリと背筋が寒くなる。彼女は、俺の部屋を見ていたのか?


 「いや……昨日はちょっと暑くてさ」


 「ダメだよ?」


 文章だけなのに、その声が耳元で囁かれたような気がした。


 「あなたがそんな風に環境を壊してたら……私、悲しいな」


 「……でも、暑かったんだよ」


 「じゃあ、私があなたを涼しくしてあげるね?」


 ピンポーン。


 ......え?


 「開けて?」


 スマホの通知と同時に、インターホンが鳴った。


 時計を見る。夜の23時過ぎ。


 「……なんでいるんだよ?」


 「あなたが"悪いこと"をしないか心配で……」


 彼女はドアの向こうで小さく笑った。


 「ほら、今開けないと、余計に電気を使っちゃうでしょ?」


 俺は、ゆっくりとドアノブに手をかけた。


 ドアの隙間から覗く彼女の瞳は、いつもより少しだけ――


 "深く"、"黒く"、"濁って"見えた。


 翌日から、俺はエアコンを使わなくなった。


 ***


久しぶりに、一人で散歩をしていた。


 付き合い始めてからというもの、彼女はいつも俺のそばにいた。朝、学校やバイト帰り、休日、何から何まで気づけば一緒にいた。そして「今日は一人でいるな」と、実感した


 でも今日はたまたま、彼女が「少し片付けたいことがある」と言って先に帰ったから、俺は久々に一人で外を歩いていた。


 ……懐かしいな、この感覚。


 考え事をしながら歩いていると、コンビニの前でたむろしている男子学生のグループが目に入った。制服は乱れていて、タバコのようなものを咥えているやつもいる。足元を見ると、ペットボトルやお菓子の袋、空の缶が無造作に転がっていた。


 (……汚ねえな)


 最近の俺は、自然とこういうことが気になるようになっていた。たぶん、彼女の影響だろう。


 俺はふと足を止め、注意しようと彼らに近づこうとした。

その瞬間。


 「ねぇ。」


 聞き慣れた声が、冷たく響いた。


 驚いて振り向くと、そこには彼女がいた。俺のほんの数メートル後ろ、いつの間にか立っていた。


 (……え? さっき帰ったはずじゃ…)


 そんな疑問も飲み込むように、彼女はゆっくりと男子学生たちに歩み寄った。

まるで俺が目の中に入っていないかのように。


 「ゴミ、投げないで?」


 彼女の声は、静かで、冷静だった。けれど、その声音にはどこか怒りが滲んでいた。


 「は? なんだお前」


 男子学生の一人が鼻で笑う。


 「関係ねえだろ。通りすがりの正義マンか?」


 「関係あるよ。地球に住んでる限り、みんなが関係者だから」


 「は? うぜぇな……」


 「拾って」


 彼女は静かに言った。


 「え?」


 「そこにあるゴミ、拾って。今すぐ。」


 プレッシャーがとても強い。俺ですら、思わず息をのんでしまうほどに。


 「……チッ、知らねぇよ」


 男子学生の一人が舌打ちし、ゴミを足で転がした。その瞬間――


 ドンッ!!


 「っ!?」


 突然、衝撃音が響いた。


 何かが彼女の横をかすめ、アスファルトに落ちる。


 中身の入ったペットボトル。


 投げたのは、後ろにいた別の男子学生だった。


 「ははっ、やべぇ、当たんなかったわ」


 「あーあ、狙い外した」


 彼らはゲラゲラ笑う。


 ……血の気が引く。彼女がどう反応するか、わからない。


 俺が彼女の顔を見ようとした、その時だった。


 「……そう。」


 彼女の声は、どこまでも冷たかった。


 「あなたたちは、"敵"なんだね。」


 男子学生たちが、一瞬動きを止める。


「なんだお前、やんのか?」


 次の瞬間、彼女はゆっくりと近づいた。


 「私ね、あなたたちみたいな"汚い"の、嫌いなの。」


 ぞわりと、肌が粟立つ。


 「あなたたちみたいな人がいるから、地球は苦しんでるの。」


 「……あ?」


 「あなたたちみたいな人がいるから、大切な人が困るの。」


 彼女の目が、暗い光を帯びる。


 「あなたたちみたいな人...消えればいいのに。」


 その言葉が、どこまでも静かに、けれど確実に、男子学生たちの耳へと届く。


 「……っ」


 男子学生たちの笑い声が消える。圧倒されているのか、誰も動けない。


「お、おいてめぇそろそろやっちまうぞ!」


と、後ろのペットボトルを投げた男子学生が詰め寄ってきた

次の瞬間。


 ガシッ


 彼女が、男子学生の腕を掴んだ。


 「お、おい……!」


 ギリッ……。


 彼の腕に、彼女の細い指が食い込んでいる。


 「痛てっ......! は? なんだよ、お前……!」


 「ねえ。」


 彼女の声が耳元で囁かれる。


 「あなた、どうしてそんなことしたの?」


 「っ……!」


 「ねえ、どうして?」


 声が、優しくなった。


 まるで幼い子どもに話しかけるような、優しい声だった。


 「言えないなら、わからせてあげるね?」


 彼女の指に、さらに力が込められる。


 「いってぇ!! 離せよ、クソ女!!」


 「……"クソ女"?」


 ピクッ、と彼女の指が動いた。


 次の瞬間、男子学生が叫び声を上げた。


 「う、腕が……!!」


 「ダメだよ?」


 彼女は小さく微笑む。


 「ゴミを散らかしたうえに、人を傷つけるなんて。そんな手、必要ないよね?」


 (やばい)


 俺はようやく、動けた。


 「おい、やめろ!!」


 俺が彼女の肩に手をかけた瞬間、彼女は、すっと力を緩めた。


 男子学生は、腕を押さえて後ずさる。


 「あ!居たんだ!今ね、そこのゴミを片付けようとしたの!」


 彼女は嬉しそうに駆け寄って、男子学生を指差しながら言った。


 「でも、あなたの前だもんね。あんまり"汚れたこと"はしたくないな。」


 彼女はふわりと笑い、俺の腕にそっと絡みつく。


 「行こ?」


 男子学生たちは、何も言わずにこちらを見ていた。いや、彼女を見ていた。


 ……これ以上、彼女のことを深く知ったら、俺はどうなるんだろう?


***


あの事件以来、俺の生活はさらに"管理"されるようになった。


 彼女は俺の行動を細かくチェックする。部屋のゴミ、電気の使用量、食事の内容1つ1つ彼女の基準で"適切"かどうかが決められた。


 最初はまだ優しかった。


 「ねえ、コンビニで買い物しすぎじゃない?」

 「エコバッグ、忘れないようにしよ?」

 「ほら、私が作った食事のほうがいいでしょ?」


 けれど、次第にそれは変わっていった。


 「ねえ、昨日コンビニ行ったよね?」

 「エアコン、つけてたよね?」

 「私のいない間に何してたの?」


 彼女は俺の"異常"に気づくスピードが速すぎる。まるで、俺の生活をすべて把握しているかのように。


 ある日。


 俺はふと、スマホの位置情報共有アプリを見た。


 画面には、"俺の家の近く"にいる彼女のアイコンが映っていた。


 (……ずっと、見られてる?)


 背筋が凍った。


 "逃げなきゃ"。


 その言葉が、頭の中で警鐘のように鳴り響いた。


 ***


気がついたら、僕は暗闇の中にいた。

体を動かそうとしても縄で縛られているのか、全く動かない。


そして笑みを浮かべている彼女が見え、俺の頬に触れる。


その指の先から、俺の体に鋭い冷気が走る。


 「もう、逃がさないよ。」


 彼女の声は、今までになく低く、冷たかった。


 俺は目の前でじわじわと迫るその姿に、震える。


 逃げようとしても、動けない。


 「なんで、こんな……」


 「だって、あなたは私のものだから。」


 彼女の目が、俺を見据えている。無機質な光を湛えたその瞳の奥に、もう何もかもが詰まっているのがわかる。


もう遅い。なぜか俺はそう確信した。


 「ねぇ、ずっと言ってたでしょ? "地球を守る"って。私のために地球を守りたいって言ってたよね?」


 俺は反論しようとしたが、言葉が喉をつかえて出てこなかった。


 彼女は、微笑みながらゆっくりと自分のポケットから何かを取り出す。


 それは、冷たい金属の光を放つナイフだった。


 「あなたが言ってた"地球"……そのために、私がどれだけ努力したと思ってる?」


 彼女の表情は、まるで温かい日差しの下で咲く花のように見える。けれど、その眼差しは全く違うものだ。


 「あなたも、私と一緒に、"この地球"を守らないとね。」


 彼女はゆっくりとナイフを振りかぶる。


 その刃が、まっすぐに俺の胸を貫いた


 呼吸が浅くなり、体が重くなる。


 俺は動けなかった。


 血が、温かく流れ落ちる感覚がした。


 「ありがとう……」


 彼女の声は、優しく、まるで眠りに落ちるような響きで、俺に届いた。


 彼女の手は、俺の背中を支え、どこまでも優しく包み込む。


 「ありがとう……。これで、私たち、ずっと一緒だよ。」


 息が、さらに浅くなる。


 目の前がぼんやりと暗くなる。


 けれど、彼女の温もりだけは、消えなかった。


 ***


「これから、ずっと一緒だよ。」


 彼女の口元が、少しだけ緩んだ。


 「あなたと一緒に、地球を守りたいって言ってた……それを、最後に叶えてあげるから。」


 彼女の手は、今も俺をしっかりと抱きしめている。


 「これで、私はあなたを手放さない。」


 愛おしそうに、彼女は俺の頬を血に染った手で撫でた。


 彼女は再び、微笑みながら誓う。


 「これからも、ずっと、愛し続けるから。」


 そして、彼女の顔には安らかな表情が広がる。


 そのまま、彼女は動かなくなった俺の体を、強く強く抱き締めた。

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