王との謁見
王城へ向かう日、訪問は午後からということで、午前中はドレスアップなどの準備の時間となった。
お風呂に入って石鹸を使って全身を洗い、ドレスの着付けをされる。
修正されたドレスの縫い目はかなり細かくなっていて、私の普段着と同じレベルになっていた。人の手でこれをやったのだとしたらなかなかの技量だと思う。
着替え終わって部屋で待っていると、着替え終わったマドレーヌがやってきた。
「リア様、本日はよろしくお願いいたします」
「可能な限りマドレーヌをまねてみることにするわ」
一応この数日、マントガー家の家令から貴族に対するマナーについては教えてもらっているし、妖精学校で習ったこととほとんど変わりがないことは理解できている。
だが、それを実践するかは別だ。相手の態度次第というやつである。
今回はご招待なので最大限努力しようとは思っているけれど。
「ところで、リア様はセルベイン男爵令嬢との面会を本当に希望されるのですか?」
「私たち妖精族に人間の魅了は効かないから大丈夫よ。それに、男を侍らせて王太子を誑し込んだ女なんて見てみたいじゃない。処刑される前に聞きたいこともあるし」
本日王城へ向かうにあたり、私は一つの希望を伝えてもらっていた。
ノーリ・セルベインとの面会である。
相手は重罪人ということになっているので、王城の地下牢で衛兵たちの監視の下なら許可するというずいぶん太っ腹な条件で面会でいることになった。
ちなみに、私だけが会うことになっており、マドレーヌは同行しない。
これはマントガー侯爵へもしマドレーヌがノーリと会って会話をすると、また洗脳される可能性があることを伝えたからだ。
私が知りたいのは、ノーリ・セルベインの能力。
別に彼女の裏に潜む、ホークトア王家転覆の黒幕なんかはどうでもよい。
そのあたりは王国騎士団の仕事だろうから、私が首を突っ込む気はない。
マントガー侯爵家の馬車に乗れば、10分ほどで王城に到着した。
「お待ちしておりましたマントガー侯爵令嬢」
正面の玄関には城の使用人と思われる女性と騎士数名が待っており、そのまま場内へ案内された。
私を見て目を丸くしているという事は、情報で妖精族がいることは聞いていても半信半疑だったのだろう。
「申し訳ありませんが、事前のご連絡の通りこのまま謁見の間へむかいます」
使用人の言葉にマドレーヌが頷く。
私はマドレーヌの横をふわふわ飛びながらついていく。
城内は過剰な装飾などはなく、シンプルながらも深緑の絨毯の毛足は長く、置かれている調度品も高級そうなものであった。
ただ、石造りと思われる構造は、見栄えの為というよりも戦の為の城という雰囲気を漂わせている。
くねくねといろいろな角を曲がりながらついた先には大きな扉があった。
「国王陛下がお待ちです」
入口に立つ騎士が重そうな両扉を開ける。
正面には王と思われる男性が豪華な椅子に座っていた。黒にかなり近い焦げ茶に焦げ茶の瞳。王たるものの色だと私は感じた。
そして王を中心として数名の男たちが立っている。きっと側近だろう。
マドレーヌがその場で深くカーテシーをするので私もまねてスカートの端を持ち上げる。
浮いてるから少しだけ高度を下げてマドレーヌに会わせる。
マドレーヌが直って前にあゆみ始めたので、私もそれに続き、王まで大体10歩ほどのところでマドレーヌが止まったので、私は彼女の真横でとまる。
「マントガー侯爵令嬢、呼び出しに応じてくれたことうれしく思う」
「もったいなきお言葉です国王陛下」
「その横に浮いているのが妖精族か?」
「はい、リアともうします」
「妖精族リアよ、そのほう直答をゆるす。我が国で妖精族がみられた記録が残るのは50年ほど前だ。もうこの国に妖精族はいないと思っておったぞ」
なるほど、やっぱりホークトア王国で妖精族は珍しいのか。
もしかすると50年前にいた妖精族ってクリスじゃないかしら?
「わたくしは旅の妖精族リアでございます。この国へは初めて参りました」
「以前、妖精族は我が王家を守護してくれていたのだが…私が生まれる前に王城を出たと聞いている。この度はマントガー侯爵令嬢を救ってくれたこと、礼を言う」
「有りがたきお言葉」
そういって私はくるりとその場で回って魔力で作った光の粒子をまく。
こうすると幻想的に見えるらしいのよね。王の側近たちが小さく感嘆の声を上げたのが聞こえる。
「何か褒美を与えたいが……本当にノーリ・セルベインと会いたいという願いだけでよいのか?」
「はい、金銭をもらいましても私には価値はございません。むしろ、この度の事件の真相のほうがおもしろそうでございますので」
「おもしろそう……か、あ奴めは元王太子を誑かし、洗脳した魔女だ。そのほうに何か悪さをするかもしれぬぞ」
「妖精族はそれほどやわではございません。防御と存在を秘匿することは得意でございますゆえ」
「我々も拒む理由はない。セルベインはもうすぐ処刑だ。やつは何もしゃべらんし、しゃべらせるわけにはいかんからな。もし妖精リアによって何かがわかればそのほうが良いと考えている」
そう、事前に伝えている内容は事件の真相の解明に力を貸すというもの。
今回の謁見でマドレーヌの罪はなかったことが正式に周知されるが、王太子が操られたという真相については何も解明していないのだという。
理由は、ノーリ・セルベインと会話をした兵士が操られそうになったためだ。
それだけ強い魅了の効果を常時発揮しているらしく、手に負えないため猿轡をして牢に入れるしかできていないのだそうだ。
私なら、人間族の魅了は効かない。
私じゃなくてもドワーフやエルフでも大丈夫だと思うけれど、ホークトア王国には人間族しかいないみたいなので、手が打てなかったのだそうだ。
「さて、マドレーヌ・マントガー侯爵令嬢、そのほうは一切の罪を犯していないことをここに証明する。また、此度の被害についての賠償として王家より賠償金を支払う」
「承知いたしました」
王の言葉にマドレーヌがまた礼をする。
「騎士団長、妖精リアを地下牢に案内してくれ。くれぐれも注意するように」
「ハッ!」
王の横にいた体のごついおじさんが私を地下牢まで案内してくれるらしい。
「リア様、おひとりで大丈夫ですか?」
「むしろマドレーヌが付いてくるとまた何かあるかもしれないから、私だけで行くわ。まっててね」
「わかりました、リア様」
「では行きましょうか、リア殿」
マドレーヌとの会話が終わり、騎士団長が私を案内してくれる。
さて、事の真相に近づけるかしら?
*****
リア様が退室しても私はそのまま謁見の間に残っていた。
「マントガー侯爵令嬢、申し訳ないが別室で待っていてもらえるか?」
「かしこまりました陛下」
国王陛下の指示に従い私は控室に案内されたが、そこはどう見ても応接室だった。
しばらくして両陛下が応接室に訪れたため、私はあわてて礼をする。
「よい、私たちだけだからそうかしこまる必要はない」
国王陛下の言葉で顔を上げると、申し訳なさそうな顔の両陛下がおられた。
座るように促され、私の向かいに両陛下が座る。
「わたくしの娘になってくれるはずだったのに……本当に申し訳ないことをしたわ」
「そんな、お顔を上げてください王妃陛下」
私はあわてて王妃陛下をとめる。
非公式の場とはいえ王族から頭を下げられるなんて思わなかった。
「本当にそなたには申し訳ないことをした。すでに慰謝料などについては侯爵と協議を完了している……しかし、そなた本当に妖精族を連れてくるとは思わなかたっぞ」
「それについては、わたくしも驚いております」
本当に偶然のことだろうけれど、運が良かったと思う。
もしリア様があの時姿を表さなければ、私は今頃魔物か盗賊にでも襲われていただろう。
そうなれば、マントガー侯爵家としても黙っていられない。
内戦に発展することだってあり得たのだ。
「ホークトア王国には昔、王宮に妖精族がいたのだ」
国王陛下のつぶやきに私は驚く。
歴史の勉強をしている中で王宮に妖精族がいたなんて聞いたことがない。
「歴史の勉強で習うだろう?宮中動乱の話を……それを解決に導いたのがクリスと呼ばれる妖精族の女性だった」
「先王陛下にお子ができなかったことによる政治争いに妖精族が関わっていたのですか?」
宮中動乱、私が生まれるよりも20年も前の話。
当時国王になったばかりの先王両陛下は子宝に恵まれなかった。
そのため、各貴族が次々と側妃や妾として自分の娘を宮中に送り込んだ結果、各派閥での争いに発展した事件だ。
中には王の子を孕んだと偽り他の男の子種で身ごもるものまでいたという。
結局その争いは、先王に子孫を残す能力がないと判断され、現国王が王位をついだというものだ。
「そこに妖精族がどのようにかかわったのです?」
「先王の子だと偽りを言った者たちを選別したのだ。王家の血を継いでいるいないというのを医学的に証明してくださったと聞く。彼女のおかげで先王に子孫を残す能力なしという事もわかったと言われているのだ」
「つまりホークトア王国が妖精族に救われたのは2度目かもしれないという事ですか?」
私の質問に両陛下が頷く。
「皆が知らぬだけで、この国は意外と妖精族とかかわりが深いのだよ。此度もリア殿のおかげですべてが判明すればいいが……」
「わたくしたちでは分からぬことを妖精族はわかるようじゃからの」
両陛下の言葉で、もしかすると私とリア様の出会いというのは運命だったのかもしれないと思った。
きっと、リア様なら何か解き明かしてくれるだろうという確信が私にはあった。