貴族の血の濃さと国家転覆の疑念
マントガー侯爵家にお邪魔するようになって一週間がたった。
この間私はやることがなかったので、侯爵家邸宅の探検をしたり、マドレーヌからホークトア王国について教えてもらっている。
妖精学校で、他種族の国家について勉強はするが、どうしても最新の情報ではないから中々面白い時間を過ごしている。
ホークトア王国は大体二百年ほどの歴史を持つ国家で、現在の国王が四代目。
三百年前に存在していた東ミヤーナ神聖帝国の崩壊後に誕生した王国で、山がちな領土を生かした果物の栽培とそれらを使った酒造り、さらにはいくつか鉱山があり治世は安定していたそうだ。
「鉱山っていうと、鉄とか銅がとれるの?」
「はい、鉄がおもですね。ほかにも金や銀が取れますよ」
「お屋敷の仲にも金銀の細工の品が多いのはお国柄なのね」
「金も銀も主要なホークトアの通貨であり輸出品ですから、侯爵領にも一つ銀山があります」
ホークトアの産業はこれら鉱山から出る資源と、酒やタバコなどの嗜好品が多く、主要な食料品の生産が少ないのだそうだ。
山がちなため小麦やコメといった食品が取れにくく、冬も雪が降る期間も長いため生産品が偏りがちなのだという。
「国王陛下が不在だったのも、ゾーエ帝国との食料輸入に関する協定の為だったのです」
「その不在の隙をついて王太子はことを起こしたという事よね? ほとんどクーデターじゃない?」
「父が王都に向かいましたが、情報によると帰国した国王陛下の命で国家反逆罪として王太子一派はそれぞれ一般牢に入れられているそうです」
「貴族牢じゃないの?仮にも王族でしょ?」
「国家反逆罪は重罪です……王太子の側近たちも当然一般牢となるかと」
「なるほど……ところでマドレーヌ気になることがあるのだけれど」
「なんでしょう?」
「婚約破棄されたとはいえ、なんで王太子ってよぶの? 名前とか愛称で呼んでなかったの?」
「殿下から名前で呼ぶなと言われておりましたから……」
「その時点でクズじゃない」
あきれた、最初からマドレーヌに寄り添う気が無い。
政略結婚だと聞いているけれど、それでも結婚する相手との交流を取る気が無いなんて、人道に反する行為だ。
人間族の信じる神は隣人と話融和せよと説いていると習っているが、それを国のトップに着くものが堂々と破るとか、どういう教育を受けてきたんだろうか?
「そうですね…私一人で抱えるべき問題ではなかったと、今はわかります」
マドレーヌもある意味洗脳状態だったのかもしれないと感じる発言だ。
そもそも、大人を頼らずに自分だけで何とかしようとしていたというのがそれだ。
どうにもきな臭い。
何らかの外的要因が絡んでいるんじゃないだろうか?
つまり、国内貴族による国家の乗っ取りや海外からの工作の可能性まである。
それをまだ成人もしていない世代だけで解決ができるなら国としては安泰だろうが、そんなにうまくいくわけがない。
これは傍観していた王家にも問題がありそうだ。
「リア様、私はお父様から王都に来てほしいと言われているのです。ご一緒に来ていただく事はできませんか?」
「一緒に行くことはいいけれど、それって国王陛下と謁見とかすることになるんじゃないの? さすがにそこに私はついていけないと思うけれど」
「お父様から、ぜひリア様も国王陛下へお目通りいただきたいと言われています。ドレスはこちらで用意しますので心配いりません」
「とはいえなぁ人間の礼儀作法なんて頭ではわかっているけれど、私には出来ないわよ? 実際マドレーヌに対してだってこんな態度なのよ? それでも大丈夫なの?」
「妖精族が人の礼儀の外にいることは皆の知る事ですから大丈夫かと」
「そう、なら問題ないわね」
という事で今度は王都セントペデスタルへ向かう事になった。
本当は飛びながらカーテシーのまねごとぐらいはきるけれど、マドレーヌの言ったように私たちは人間社会からは外れている存在だから、多少の無礼があっても突然切られるなんてこともないだろう。いざとなれば魔法で姿を消せるから問題ないのよね。
それに事の顛末が聞けるだろうから面白そうだ。
いっしょに行けるならぜひ連れて行ってもらおう。
マドレーヌから王都へ行くことに誘われて一週間後、私たちはホークトア王国の王都セントペデスタルのマントガー侯爵のタウンハウスに向かっている。
マドレーヌはこれから行くタウンハウスから王立貴族学校に通っていたそうだ。
貴族学校はもともと、周辺各国との国境争いなどにおいて家臣が裏切らないよう子供を人質として預かるための役割を持った施設だったそうだが、ホークトアの二代目王妃となった公爵令嬢が、この施設にて自分が受けていた王妃教育の中でも、マナーなど対外的に教えても問題ない礼儀作法などを教えるようになったことから、今の学校という形になったという歴史があるそうだ。
今回のマドレーヌが冤罪で婚約破棄された事件はその貴族学校で起こったわけだ。
「そのノーリって男爵令嬢が入学してから学校の雰囲気がかわったのよね?」
「はい、そうです。私は何も手を出していないにもかかわらず、学園の令息たちの多くが彼女の言葉を信じていましたし、彼女に言い寄られると婚約者がいる男性すら素直に従うような状態でした」
「まるで魅了の魔法でも使っていたみたいね」
「物語では聞いたことがありますが、本当にそのような魔法があるんですの?」
「妖精族の魔法にはないわね。でも人間族の貴族であれば少なからず魅了のような効果を持っているといわれているはずよ?」
「そうなのですか?」
マドレーヌは知らないようだけれど、貴族が平民たちから敬われるのは魔法で魔物などの外敵を倒し領地を統治するからだが、それだけではないという話がある。
魅了の魔法なんて呼ばれたりもするけれど、この人の役に立ちたい、使えたいと思わせるカリスマ性があるから成り立っていると言われている。
それがある意味で魅了の魔法なのではないかというやつだ。
残念ながらこれらの効果は人間族同士でしか効果を発揮しない。
妖精族が人間の貴族に媚びもしなければ私のように対等な立場で話すのはそのせいもある。
しかし、王族が仮に魅了にかかるというのは通常おかしい。
貴族ほどその耐性は高く、上位貴族同士であれば互いに魅了など効かないはずなのだ。
「もしかして王太子、王族の血が薄いんじゃない?」
「確かに王太子殿下は側妃のお子ではありますが、何か関係があるのですか?」
「その側妃、高位貴族じゃないのでは?」
「リア様どうしてそうお思いになったのです?確かに殿下のお母さまは伯爵家の出ですが」
「人間族の貴族とは、血の濃さが大切なはず。その側妃、さらにその先のお母さまの代まで含めると血の濃さが薄いのでは?」
マドレーヌがはっとした顔で私を見つめる。
たぶん気が付いたんだ。ともすれば伯爵家へ嫁ぐとなると子爵令嬢は十分釣り合いが取れる。
下手をすると男爵家の可能性だってある。
男爵家や子爵家はより平民に近く、血の濃さでいえばその血は平民の血が多く流れている可能性が高い。
つまり、この国の王太子だった男は”尊き血”の濃さが薄いというわけだ。
それは、そういった魅了への耐性という部分で非常に脆弱となる。
いかに能力があろうとも、他人に操られる可能性まであるのだ。
「これは確かに国家転覆を狙った…かなり長い計画みたいなものを感じるわ」
「そ、そこまでですか」
私は頷く。
これはかなり根深い政治の話になるかもしれないわね。