マントガー侯爵領へ
王都から来た騎士は、全員マントガー侯爵領へ向かう事になった。
一部が王都に戻って説明をすることも検討したようだが、王都の現状がどうなっているかわからない。
仮に王太子命令への違反であることから、反逆罪に問われる可能性を考え、全員でマントガーへ向かうという方針となったそうだ。
軍の最高司令官は国王だが、不在としている場合は王太子が仮とは言えトップ。その王太子が理不尽な行動をしているとはいえ、今はマドレーヌを護送してきた騎士たちのみが命令違反をしている状態だ。
そして、マドレーヌは護送用の馬車に再度乗ることになったが外から鍵はかけられていない。
「馬車って意外と乗り心地がいいのね」
「護送用とはいえ、仮にも貴族用ですから」
あまり揺れないので椅子に座っていてもそれほど苦痛はない。
人間族の馬車は道の関係もあり揺れが激しいと聞いていたので、乗り心地が悪ければ浮かんでいようと思っていたけれど、その必要はなさそうだ。
「リア様はどうしてあんな場所においでだったのです?」
「ちょうど世界を見る旅をしていたところなのよ」
集落の場所をばらす必要はないので、詳細は伏せて伝える。
マドレーヌ達は、自分の住む国に妖精族がいることを知らなかったのかもしれない。
馬車は大きな町を避け、メインではない街道を使ってマントガー侯爵領へ向かっている。
街道を使うほうがマントガー侯爵領へは近道だそうだが、王都を通る必要があるため、馬車はほとんど林の中を通っている。
当初は揺れが少なかったが途中から揺れるようになった。
「街道を使わない理由はわかるけれど、ここから領地までどれぐらいあるの?」
「四~五日ほどはかかるかと思います」
「そこそこ時間がかかるのね」
「ここからですと王都を越えた少し先の位置に侯爵家がありますから、どうしても時間がかかります」
それでも四、五日なら普通な距離だろう。
大体、一日当たり二、三の村を越えていく形だそうだ。
村についたら1時間ほど休憩するという。
馬はある程度走るとそれなりの休憩時間がないといけないため、移動速度はあまり早くないという。
「ところでドレーヌ、婚約破棄に至った詳細を聞いてもいい?」
私の問いかけに少し考えたそぶりを見せたマドレーヌは口を開いた。
「私の主観となりますが、それでも?」
「もちろんいいわ」
*****
マドレーヌの話はなんというか、あきれ返る話だった。
事の始まりは二年前、ある男爵位を持つ男性が一人の庶子を拾ったことから始まる。
男爵は庶子を自分と手を付けたメイドとの子で、そのメイドが亡くなったことから引き取ることに決めたといっているが、少なくとも男爵には露ほども似ていないという美少女だった。
とはいえ、血は確かに貴族であったらしく、マドレーヌの住むホークトア王国にて貴族として認められた。
問題はここからだ。
マドレーヌの住むホークトア王国は十八歳で成人を迎えるまでの間に三年間貴族学校に通う必要があり、貴族として認められた男爵令嬢ノーリも当然貴族学校に入学してきた。
だが、男爵家での貴族教育は全く受けていなかったのか、平民の感覚で貴族令息たちに声をかけ、手を握り、腕にしがみつくように媚びを売った。
王太子をはじめ、他にも婚約者のいる男性にも同じように接し、一部の思春期な男子たちは瞬く間に手玉に取られたようだ。
「殿下を含め高位貴族の令息はハニートラップにかからぬように教育を受けているはずなのですが、セルベイン男爵令嬢に、そのような害意がないようなのです」
この男爵令嬢のせいで伯爵以上の高位貴族の婚約が数件白紙になっているという。
そんな中、マドレーヌはすでに王族としての教育を受け始めていたため、婚約の白紙撤回という手段が取れなかったという。
「わたくし、個人的に調べましたけれど確かにノーリ・セルベイン男爵令嬢の貴族の血は濃いようです。教会は彼女を聖女として目を付け始めていましたし、わたくしとしても優秀な血であれば王家へ取り込むという意味で妾として引き取ることに反対は致しませんと殿下には伝えたのですが……」
「聞く耳を持たずにその男爵令嬢を正妻にしたいと、卒業パーティーで婚約破棄なんていう暴挙に出たと言う事ね?」
「はい、そうだと思います。少なくとも皆が聞く場での王族の発言ですから、そう簡単に取り消せません」
「それで、冤罪で国外追放を言い渡されたのよね?」
私の質問にマドレーヌはうなずいて答える。
「少しおかしくない?」
「……おかしいとは?」
「騎士たちには騎士道に反するとか不倫をした相手の言い分は正しいのか? って言ったけれど、その前に、マドレーヌの話を聞くにあなたは”王家の教育”を受けているのよね?」
「え? えぇ、卒業後は王家に嫁ぐ予定でしたから」
「ということは、この国の機密を幾ばくかでも知っているのではない? そんな人物を殺しもせずに国外に追放するの?」
私の問いかけにマドレーヌは目を丸くする。
彼女も気が付いたのだ、この処分がおかしいという事に。
王太子は、罪の重さに対する罰の重さについてもさることながら、王太子妃となる人間をあっさり国外に出すという事の危険性を理解していない。
もしマドレーヌが他国に”保護”され何らかの方法で情報を聞き出されれば国が傾くどころか簡単に占領される可能性まではらんでいる。
つまり、現時点での真の国家反逆を犯しているのは王太子という事になる。
「言われてみればその通りです」
「そうでしょう? 一般的に国外追放は死刑と同義だけれど、本当に殺したいわけではないという思惑も透けて見えるから、その王太子はあなたが泣いて謝るとでも思っていたんじゃない?」
「なぜ犯してもいない罪で謝ると思っているのでしょう」
「きっと、お花畑なのよ頭の内が」
王太子のおつむが足りないのは事実だろう。
仮にマドレーヌを失いたくなく嫉妬させたいなどというプライドとも呼べないような感情を満たすために行ったのであれば国外追放などと言わず、貴族牢に押し込むだけでよい。
そもそもこの国外追放という罪自体、王太子が考えたわけではないのかもしれない。
それこそノーリ男爵令嬢当たりが吹き込んだんじゃないだろうか?
普通の貴族令嬢が一人で国境から投げ出されれば通常生きてはいけないだろう。
それにしても人間の国というのは不思議なことが起こるようで、私は不謹慎ながらわくわくしてきていた。
私たち一向は道中トラブルもなく、村々を経由しながら三日目の昼頃、マントガー侯爵家の騎士たちと合流できた。
マントガー騎士団の一行にはマドレーヌの兄の姿もあった。
国外追放の刑に処したという知らせをようやく入手した侯爵家から捜索隊をだしていて、それと合流することができた形だそうだ。
兄妹の感動的な再開というものを見ることができ、そこからは王都からの騎士だけでなく、侯爵領軍による護衛も加わり翌日の夜、侯爵領館へと到着した。
「リア様にはなんとお礼をいったらよいか言葉になりません。ぜひマントガー侯爵家としてお礼をさせてください」
「どういたしまして。お言葉に甘えさせていただきますベイキング」
マドレーヌの兄ベイキングは次期当主であり、私も今回のいきさつについて彼に話をしたら丁寧に扱ってもらえている。
馬車も護送用のものから侯爵家が用意したものに変わり、さらに居心地がよくなった。
泊まることになった村の食事も侯爵領に入ってからは格別においしかったから、気を使ってもらったのだろう。
玄関先であいさつをしていると、大きな正面玄関の扉が開き、マントガー侯爵と夫人が出てきた。
貴族としてはあり得ない速足でマドレーヌのもとに駆け付けて彼女を抱きしめ再会を喜んでいる。
そして、こちらに目線を上げた侯爵は私に声をかけてきた。
「君が妖精族のリア殿か…娘を導いてくださりありがとうございます」
「ベイキングにも言いましたが、行きがかり上ついてきただけです。お気になさらず」
「とはいえ、娘がまたマントガーの地を踏めたのはあなたのおかげです。王都からの騎士の説得もしてくださったと息子から伝書鳩で連絡をもらっております」
事前に情報が伝わっていたからか、しばらく侯爵家にいてほしいと懇願された。
人間族に伝わっている妖精の伝説的には、囲っておきたいという思いもあるんだろう。
気持ちはわかる。
何より、事前に準備されたと思われるドールハウスは私のサイズにぴったりだった。
別に人間サイズの部屋でも構わないのだけれど、わざわざマドレーヌの部屋に用意され、私が使ってよいとのことだった。
「リア様がまだいてくださると安心できます」
「私がいるだけで安心できるなら、しばらくいてもいわよ」
マドレーヌがかわいらしいことを言うので、私はしばらく侯爵家にお邪魔することにした。
なにより彼女の今後が気になるからね。
夜に晩餐会が開かれた。
私への歓迎の意があるらしい。
王都から来た騎士たちも、マドレーヌを不当に扱わず丁寧に仕事をしていたことから侯爵家で保護という形になったそうだ。
人間の貴族はこういった晩餐会のときコース料理と呼ばれる一連の料理が出てくるというので少し期待している。
とはいえ、同じ人間サイズのものを出されても困るので、私の席はテーブルの上に先ほどのドールハウスと同じであろうテーブルセットとシルバー類が並んでいた。
確かシルバーは外側から使うんだったはずだ。
「リア様、あまりマナーは気にせずともよいですよ」
「わかったわマドレーヌ」
呼び捨てでよいというのに、マドレーヌは私の名前に敬称を付ける。
気にしても無駄だと思って訂正はしていない。
「リア殿、マドレーヌを導いてくれたことに再度お礼を言いたい。王太子の暴挙は娘への婚約破棄以外にもすでにマントガー家だけでなく王国中に流れている。すでに国王が急遽ゾーエ帝国から帰国の途に就いたとの情報も入ってきた。すぐに正常に戻るだろう」
マントガー侯爵が食事の前のあいさつとして近況を教えてくれた。
国王と王妃が不在であるのをいいことに、王太子と側近たちはノーリ男爵令嬢を含め、国政に係ろうとして大臣たちと衝突しているらしい。
ホークトア王国において王族には絶対的権力があるわけではなく、その仕事は各大臣への指示が主であり、大臣や将軍の賛同なくば政治は回らないという事らしい。
何の根回しもなければ事前情報もない状態で王太子の方針を推し進めようとしてもうまくいくわけがないという。
軍も当初の命令には不服であり本当にマドレーヌを国外追放にするのか再三確認したが王太子が王権を押し通したため、現在は反発が起きているという。
何より軍のお偉方だって貴族なのだから、常識的に考えて不当な行いを行使する気はなかったが、王命に逆らえば、国の根幹から崩れてしまうためやむなく従ったというのが今回のマドレーヌの護送だったらしい。
マドレーヌ自身も道中の扱いは悪くなかったと述べており、護衛していた騎士たちも疑問がありながらも命令だからと従っていたところがあったようだ。
さらに、すでに王都では行政が停滞しており、国民生活に悪影響が出て、出稼ぎ労働者などは王都を離れ地元に帰るものも増えているらしい。
「この国の王太子は何を勉強されていたんでしょうね?」
私は思わず侯爵に疑問をぶつけてみる。
貴族学校という場所は、学校とはいえ高位貴族ともなれば勉強することは少ないらしく、マドレーヌと同じように王太子も別途王族としての教育を受けていたそうだ。
学校は社交が目的の一つであり幅広い交流を持つことは悪い事ではないとされていおり、当初は王太子も立場にあったふるまいをしていたらしい。
それが、一人の女性を愛したからと言って、ここまで政治的な事柄がことごとくダメになるような教育を受けていたのだろうか?
「私たちは普段、領地にいるので貴族学校での様子についての情報は疎いと言わざるをえないが、それでも入学までは可もなく不可もなくという評判だったんだ。マドレーヌが婚約者となったのも殿下をサポートする役目が大きかった…… もう王家に嫁にはやらんが」
「そんな能力のない王族であれば立太子なんてさせないほうが良かったのでは? とおもうのですけれど」
「全くその通りだな。こんな状態ならば第二王子殿下を立太子させればよかったものを……」
侯爵から同意をもらってしまった。
この国大丈夫なのか?