初めて見る馬車
しばらく飛び続けると、森の木々がまばらになり、日が差し込みやすくなってくる。
そして、ぽっかりと木のないところに突き当たった。
「これが人の作った道かな?」
道には日が差し込み、森のような暗さはなく、地面も固く均され細かな砂利が敷いてある。
私はゆっくりと地面に降り立つ。
「魔法で固めてある…… 人間はこうやって魔法を使うのね」
私たち妖精族は、身を守るために魔法を使う。
今着ている服にも隠蔽や防御といった魔法を組み込む。
人間は攻撃に魔法を使うほかに、ものを作るにも魔法を使うと習ったけれど、この道がその証拠だろう。
この辺りまで来るとなにかあっても、すぐに助けに来てくれない。兵士だってここまで遠くにはすぐは来れないから、何かあっても自己責任だ。
未成年の妖精族が一人で来ることは基本的になく、中には悪ガキな連中がこの辺りまで来て人間の作った道を見たとか人を見たとか話していたけれど、無事に帰ってこられないことだってあるから私は来たことがなかった。
ちょうどお昼ごろになったので、私は周辺を見まわして昼食を探す。
木の実が見つかればいいので、ふわりと飛び上がり周辺を確認しながら道沿いに南へ進むと、ちょうどよくベリーを見つける。
私は一つもいで木の枝に座る。
外で食べるとれたてのベリーは格別においしい。
みずみずしいので水筒の水も飲まずに済みそうだ。
ひとしきりベリーを食べ、まったりと木の上で過ごしていると、北のほうに砂埃が見えた。
「あれが、馬車ってやつね?」
数頭の馬と二頭立ての馬が何かを引っ張って走ってくる。
でも教科書で見たような荷馬車と呼ばれる馬車ではなく、何かもっと豪華なつくりに見える。
行く方向が南のようなのでこの馬車に便乗できると楽かもしれない。
隠蔽魔法を使って存在を隠して、素早く飛び馬車の屋根につかまれば、楽に移動ができる。
しかし馬車の警備が物々しい。
馬車を囲む馬には騎士と思われる人たちが乗っているが、その表情は険しい。
上手いこと馬車の屋根に掴まることができた。
しばらくくつろいでいると、簡易的な建物と門のようなものが見えてきた。
人が作った国境線を定めた場所、関所という場所だろう。
馬車は徐々に速度を落とし、関所の手前の小さな建物の前に止まった。
馬車から降りてきたのは人間の女性は少女のようだった。
成人した人間は見るからに体のつくりが妖精族とはちがうという。
この女性は妖精族みたいに凹凸が少なくすらりとした体形なので、まだ子供なのではないだろうか?
それに、とても落ち込んでいるように見える。
私はこっそりと馬車の屋根から様子を見守ることにした。
「マントガー侯爵令嬢、申し訳ありませんが、ここからはおひとりで歩いいただきたく……」
「……父への連絡もできませんか?」
「申し訳ありません。現在、王太子殿下が国のトップにおり私たちが命令に背くわけにはまいりません」
「それは承知しております……ですが、この状況はあまりにも……」
何やら深刻そうな話をしている。
淡い黒髪の少女はここから徒歩でこの関所を越える必要があるらしい。
関所というのは人が作った国境という自らの勢力圏の端を明確に示した場所であり、ここを越えるという事はほかの国に行く、またはその国を出るという事に他ならない。
彼女は侯爵令嬢と呼ばれていたから貴族令嬢なのだろう。たしか、人間の中でも特権階級にいる人々でかなり偉いはずだ。
でもそんな偉い人がこんなところに何の用があるのだろうか? しかも関所を歩いて超えるというのは何かありそうだ。
関所の小さい建物から一人の兵士が出てきた。
「何があったのだ?」
「貴殿はこの関所の担当者か?」
「はい、第23兵団の兵団長をしております」
「王太子殿下からの命令である。ここにいるマドレーヌ・ド・マントガー侯爵令嬢を国外追放にせよというものだ。これがその書面だ」
兵団長は書面を眺めると顔をしかめた。
国外追放というのは相当な罰だろう。
妖精族にも罪を犯したものは隠蔽魔法のゲートの外に追放されるという罰があり、それに近いのだろうが、特に人畜無害そうなこの少女が何をしたのだろう?
「何かの間違いではございませんか騎士殿? 確かに王家の印までおしてありますが……王太子殿下の婚約者であったはずのマントガー侯爵令嬢が何をしたと?」
「王太子殿下は、マントガー侯爵令嬢が殿下の真実の愛で結ばれるはずであるノーリ・セルベイン男爵令嬢を虐め、暗殺を企てたと述べて、先日行われた貴族学校の卒業式で婚約を破棄され、罰としてこの命令が下ったのだ」
「男爵令嬢を虐めたという理由だけで侯爵令嬢を国外追放ですか!?」
「私たちも、この命令に納得していない……だが、王太子殿下からの正式な命令なのだ」
兵士たちの顔が曇る。
なんだか普通じゃないことが起こっていそうなので、私は姿を現すことにした。
おもしろそうな事件に巡り合ったようだ。
「何をもめてるの?」
『!!?』
私が声をかけると少女も含め皆が驚いたようにこちらを向いた。
妖精族を見慣れていないのだろうか? 皆が目を見開いている。
「話を聞いていると、何か困りごとが起こっているようね? 面白そうだから混ぜてもらえない?」
私の発言に兵士の数名が顔をしかめる。
まぁそうだろう、もめごとに混ぜろと他種族から言われてよい気はしないと思う。
「妖精様、あまり面白い話ではないのです……」
「それは聞いていてわかっているわ。婚約破棄とか国外追放とか”穏やかじゃない”単語が飛び出してるんだもの。でも人間族はよくわからないわね? なんだかおかしなことをしているように聞こえるんですもの」
そう、明らかにおかしな行動をしたように見えるのだ。
人間族の兵士、特に騎士は騎士道を重んじるというし、人間族が信じている”神”も人のあるべき道を記しており、多くの人間はその教えを元に生活しているという。
それを蔑ろにしてまでことをなすのだから、よほどのことだろうが、内容のお粗末さが際立つ。
「いったい何が起こったの?」
私の質問に、少女が答える。
「私の婚約者であった王太子殿下が先日の卒業パーティーの際、”真実の愛に目覚めた”為に私に婚約破棄を突きつけ、ありもしない罪でもって国外追放の命令をだしたのです…… 私は王都の屋敷に帰ることも、実家の領地へ戻ることもできずに、ここまで連れてこられました」
これはまた、ずいぶんと面白いことになっているようだ。
真実の愛で婚約破棄なんて人間族の小説でしか聞いたことがない。
私が習ってきた人間族の道理に当てはめたとき、この人たちになんて助言してあげればいいだろう?
妖精族は人間族から珍しい存在と思われており、敬われる場合が多い。
そのため私たちは学校において各種族の在り方というのを学ぶ。
どの様に係るべきであるか、妖精族としての在り方を学ぶ。
他の種族から、いたずら好きであるとか、自由奔放といわれるが、人間族からはその言葉を信じれば幸運が訪れると言われるのが私たちだ。
いたずらが好きなのは、単純にそういう性格の者が多いからだけれど、幸運が訪れるというのは別に魔法を使ったりしているわけではない。
多くの場合、知的生命体としての在り方に迷っている人間族に助言をすることで本人たちが葛藤し未来をつかむがゆえに”結果幸運が訪れた”ように感じるのだ。
なので、こういったことに興味を持ったら、各種族の道理を説く。
妖精族なりの言い方で、である。妖精族は基本的におせっかい焼きなのだ。
その影響か、人間族によっては神の使いなんて呼ばれたりもする。
別に私たちは神なんて信じていないのだが。
「王太子って人は教えに反することをしているのでしょう? いくら上の命令だからと言ってそれに従い、わざわざ騎士道に反することをする必要はないと思うの」
私の言葉に少女以外の騎士や兵士たちが動揺した。
自らの行いがともすれば道理に反するとはっきり言われたら、動揺もするだろう。
兵士は上の命令だけに従っていればいいという考えは当然としてあるが、それをもって考えることをやめるのは違うはずなのだ。
「そちらの少女が嘘を言っているとは思えないし、仮に一人の人間を虐めたとして国外追放なんて大それた罪に問われることなの? 鞭打ちや牢屋に閉じ込めて反省を促す程度の罰であるはず」
いじめは良くないことだが、その罰が重すぎる場合、逆恨みや状況の悪化をよぶ。
傷害罪に問われるような事象や、脅迫や誘拐であればもっと重い罪となるだろうが、罪と罰はバランスがとれていなければ公正とは言えない。
「であれば、その少女をご家族へ一度お返ししたほうが、あなたたちの罪も軽くなるのではなくて?」
私の言葉に、騎士たちは考え始める。
私は少女の頭の上に降り立った。
「あなたはもう少し自己主張すべきだと思うわ」
「…妖精様、わたくしはちゃんと無実であると伝えたのです」
「でも聞く耳を持たなかった。だからこうしてここにいるのよね?」
「はい……」
「でも、そんなこと今回が初めてではないんじゃない?」
私の言葉に少女が揺れる。
きっと断罪されたときと同じように、婚約者だったという王太子に何度も忠言をしていたはずだ。
「あなたは、家族や、他の人を頼ったの?」
「?……いえ、全く……父は将来王妃になるのだから自分で多くのことは解決せよと私を教育しましたので頼ったことがありません……」
「限度があるでしょ? 一人で何でもできるのは、それこそ神様だけよ」
そして、そんな生き物はいない。
だから神っていうのは人間族の空想上のもので、それを信じることで心の余裕をもたせるものなのよ。
人間族って面白い生き物よね。
私の言葉を聞いて、騎士たちが再度話し合いを始めた。
このまま王太子の命令に馬鹿正直に従ってよいのか? 自分たち騎士が、兵士が本来すべき矜持は何なのか?それは民の為になるのか? 気が付けば少女もその話に参加し始めた。
どうやら今回の事件、王が不在のタイミングを見計らって王太子が一時的な国のトップとして命令を出しているらしい。
とはいえ、本当に王家の意向なのか? などなかなか疑問に思う内容が多いようだ。
交わされる議論をしばらく眺めていると、どうやら結論が出たらしい。
「妖精様の助言ありがとうございます。私たちはマドレーヌをマントガー侯爵へお返しするために動きます」
そういって騎士たちが左手を剣におき、右手で心臓のあたりをたたく。
きっとこの国での敬礼ってやつだろう。
「妖精様、わたくしからもお礼を……兵士たちを説得していただきありがとうございました。それに、わたくしへもご助言ありがとうございます」
「どういたしまして。ところで、その妖精様ってやめて? 私にはリアって名前があるの」
「リア様ですか……もしよろしければ私達と同行していただけませんか?」
南に行きたかったけれど、北へいくことになっちゃうけれど、こんな面白そうな事、見逃せない。
「えぇ、構わないわよ」
「ありがとうございますリア様」
こうして私は彼女らに同行することを許された。
人間族についての見聞を広められそうな出来事にいきなり立ち会えて私は幸運だと思う