聖女の力
ハコダ家に運び込まれた聖女はずっと眠っているようだった。
麻袋に入れられていた関係で多少の擦り傷はあるものの外傷はないとのこと。
侯爵家の医師が確認してくれている。
「しかし、目を覚ましますかね?」
「薬が使われている可能性が高いらしい、時間がたてば目覚めるだろうが……」
「私が塔の上で観たときにはすでにどこを見てるかもわからない状態でしたからねまともにしゃべることができるとも思えないのよね」
「それと、教会の騎士団が動いたようだ」
「聖女を取り戻すか確実に殺すため?」
「そのようだが、私たちも馬鹿じゃない。単に盗賊の襲撃だったように偽装済みだ。現地の盗賊には犠牲になってもらうさ」
「用意周到だ事。罠にはめられた盗賊がかわいそうね」
ハセストたちは聖女が捨てられた場所を活動エリアとしている盗賊のアジトに少女を売った記録を紛れ込ませているらしい。
売った先は記載がないが金だけは同額が保管されている状態で、それ以上先をたどれないだろうとのこと。
やることがえげつないが、どうせ何かを画策するならこれぐらいやらないとダメだろう。
ホークトアの宰相の息子はこのあたりが弱かったわね。
数日は教会の周りが騒がしかったようだが、落ち着きが戻ってきたころ、ようやく聖女が目を覚ましたと連絡があった。
マドレーヌの寮の部屋でぬくぬくしていたところハセストから告げられ、ハコダ家へ向かう。
「会話はできたの?」
「思ったよりもしっかりしている。私も会話したが自分が誰かも答えられたよ」
「どういうこと? 私が見たときは廃人のようだったのに」
「演技をしていたらしい。彼女は”前”の聖女を見ていて記憶があったようだ」
ずいぶん手の込んだ”脱走計画”を立てていたようねその偽聖女は……最悪殺されるかもしれないというのにずいぶん余裕があったようね。
私たちが部屋を訪れると、すぐに気が付いた偽聖女がぺこりと頭を下げた。
「妖精さん、助けてくださりありがとうございました」
「助けたのはハセストたちで私ではないわよ? それにしても塔の檻にいたときと雰囲気が違うわね?」
「呆けて、使い物にならないと猊下たちに思わせたかったのです。妖精さんが来てくれたことで助かる見込みができたと喜びを表さないようにするのが大変でした」
「私の名前はリアよ。妖精さんって呼ぶのやめてね。ところで、貴女には私が見えていたと?」
「はい、魔法でお隠れになっておられたようですが、私には聖属性の魔法がありますので見破れます」
エルフたちも使うあれか……ぬかったな聖女と呼ばれるんだからそれぐらいの能力はあったのか。
「それに、妖精さんは何かを探っておられたようなので、これは助かると思いました」
「ずいぶんしたたかだこと……」
「だてに聖女ではないのでしょう?」
「エルフのハセストさんにも感謝を」
「ほらね、私の正体ももう見破っておられる」
ハセスト自身はエルフであるとは明かしていなかったらしい。
これが聖女の力ってやつか……偽りとはいえ”聖女”として作られただけのことはあるというやつね。
「わたくしは名前がありません。聖女と呼ばれておりましたので……わかっていることはお伝えしますので匿っていただく事はできませんか?」
「ハセスト、どうなの?」
「もとよりそのつもりですよ。貴女は生き証人だ……このゾエ帝国が教会の手に落ちる前に阻止できるためのキーパーソンですからね」
ハセストの言葉に聖女も安心したらしい。
「名前がないのは不便ですから、仮にジャンヌと呼ぶことにしましょう」
「また偉い名前を付けたわねハセスト」
「古の偉人で聖女だった乙女だそうですからちょうどいいかと」
「最後にゃ魔女だって処刑されたらしいけどね」
「この度処刑されるのは彼女ではなく猊下側になるでしょう」
ハセストがにっこりと笑う。
まったくあくどい顔するわよねこのエルフは。
私も人のことは言えないか……
ハコダの屋敷で匿われている聖女ジャンヌは、しっかりと伝説に残る聖女の能力も持ち合わせていた。
ハコダ家の騎士を魔法で治癒し、病気がちだったハコダ侯爵夫人の体調を回復させた。
”作られた”だけあって理想的な聖女としての能力だ。
実際ジャンヌからは100年前の聖女の破片から私たちは作られたと聞いている。
現在、ハコダ家とその寄子たちが教会を追い詰めるための更なる証拠集めを進めている。
教会の闇が暴かれる日も近そうだ。




