ハセスト・ハコダという人物
宿は、侯爵令嬢が宿泊するにあたり必要十分すぎる広さがあった。
さすか高級宿屋ってやつだ。
宿自体にも使用人がいて、マドレーヌを世話してくれている。
彼女もようやく腰を据えてだいぶ顔色が戻ってきたようだ。
「マドレーヌは調子戻ってきた?」
「えぇ、ようやく」
「それはよかった」
ちなみに宿泊しているのは私とマドレーヌ、それに直属のメイドたち数名だけ。他のメンバーはすでに帝都ロポーサに向かって移動を開始しており、寮の整備を行うらしい。
船酔いで大変だと思うけれど頑張ってほしい。
「そういえばマドレーヌはハセストのことを"侯爵令息"って呼んでいたけれどなんで?」
「なんで、と言われましても、私を迎えに来るのがハセスト・ハコダ侯爵令息だと事前に連絡をもらっておりましたから……リア様どうされたのです?」
なるほど、事前情報から偽っていたのか。
見ればすぐわかると思ったけれど、事前情報と声では見破れなかったのか。
「マドレーヌ、あのハセストって人女性だよ」
「えぇっ!?」
「確かに声が低めだからわからなかったのかもだけれど、体のラインをよく見れば腰も細いし、肩もパッドを入れてるんってわかるわよ」
「そ、そうなのですか? 明日しっかりみてみます……ですが、なぜハコダ侯爵令息は性別を偽っているのでしょうか」
「そこまでは分からないけれど、何か理由があるんでしょうね」
「たしか、侯爵家の次男だと聞いておりました。長男がすでに次期当主としてお披露目されていますから、スペアだとしても、あの方が男性だと偽る理由があまり分かりませんわね」
「ゾエ帝国では男しか爵位を継げないとかないの?」
「なかったはずですわ」
ふーん、ではハセストが男性だと偽っている理由が余計分からないわね。
心の問題で自分の性別と心の性別が合わない人がいるとは聞くけれど、貴族ではソレで見た目を偽るのはリスクが高いと思うのよね。
そんな会話をしていると、メイドがマドレーヌに取り次ぎに来た。
なんでも噂の人、ハセストが訪問したらしい。
「お通ししてください。明日からの移動についてのご説明なのでしょ?」
「はい、ハコダ侯爵令息はそのように述べておられます」
「では、応接室にお通しして、他の者は私の準備を」
マドレーヌがメイドに指示を出すと、彼女たちはテキパキと動き始める。
私は先にハセストを見に行こうかな。
この宿は高位貴族が宿泊するだけあって、部屋の中に応接室があり、寝室などときっちり分かれているので、私はふわりと浮き上がって応接室へと向かった。
応接室にはハコダ家のものと思われる紋章をつけた騎士が2人と、マントガー家の騎士が2人いりぐちをまもっていた。
私は隠蔽を使ってこっそりと応接室にはいる。
是非ともハセストと話をしてみたかったのだ。
私は少し空いている扉からスルリと中に入る。
応接室の客人が座る側に1人でハセストが座っている。
だから扉が少し空いていたのね。
一応男女が一部屋にいるのはよろしくないから最初から密室にする気はないという配慮だと思う。
そして、ハセストの方を私が向くと、彼はこちらをじっと見ていた。
おかしい、隠蔽の魔法は効いているはず。
現に騎士には見つからなかった。
私がふわりと浮き上がると、ハセストはちゃんと目で私を追ってくる。
これは魔法が効いていない。
私は諦めてハセストの目の前に降り立つ。
「妖精族が私になにか用ですか?」
「えぇ、興味半分、確認半分ってところね。マントガー家には恩があるから、少なくともマドレーヌが学校に通い始めるまでは私のできる範囲で恩返しをしようと思ってるの」
「なるほど、私が貴女の存在を見破れたように、貴女も私の存在を見破っておられるということですか」
「そ、マドレーヌには嘘をついてよく見れば女性だとわかるなんて言っといたけれど、妖精族に隠蔽の魔法は通じないもの」
「これは参りましたね……口止めさせていただけませんか?」
「理由によるわ。まぁ勝手に女性だってマドレーヌに伝えたことは悪かったと謝ってあげる」
「謝罪を受け入れましょう。それにこの魔法が使える時点で、貴女はだいたい私の存在に気が付いているのでは?」
「えぇ、でもエルフと会うのは初めてだから、まずはその確認ってところかしら」
「ハハハ、そこまでバレているとは……しかもこの瞬間に防音魔法まで展開してくださる。ありがとうございます」
「いえいえ、でもなんで人間のフリなんてしているの? しかも性別まで偽るなんて」
「理由は聖女です。100年ぶりに聖女が見つかったゾエ帝国、どうにも怪しく思っているのですよ」
「でもそれなら、もっと聖女に近いところに潜入した方がいいんじゃないの? 仮にも侯爵家の人間でしょ? 教会に潜り込めないの?」
「100年前の事件の影響で、聖女の周りには幼少期から教会にいた間以外は近づけないのです」
「つまり、ハセストはマドレーヌを使って聖女に会おうとしてるってわけね?」
「そういうことです。流石に海外からの訪問者で高位の貴族なら謁見を名目に近づけますから。実際ホークトア国王は聖女に謁見できていますからね」
「悪どいこと」
「エルフですので……ですがハコダ侯爵家の者は私以外は人間です。私だけがイレギュラーなのです」
なんでも、ハコダ家は代々国の監視役としての役割をもち、国内に住むエルフとの密約を持っているのだそうだ。
今回の聖女が見つかったというのは、どうにも嘘くさいというのがエルフ族の考えらしい。
神が見捨て存在が消えた聖女が、人間が反省したからと聖女というシステムが復活するわけがないというのがエルフ族の考え。
それは私たち妖精族も同じ。
神が居るとは思っていないけれど、壊れたシステムを復活させるのは、そのシステムを正しく理解していないとできない。
だが、今生きるあらゆる種族で、その知識を持っている者はいないと思う。
きっと何かおかしなことをしているに違いないというのが、私とハセストの考えていることだとすり合わせができた。
そして、ちょうど話が終わった頃にマドレーヌがやってきた。
私はまた隠蔽の魔法を使って部屋の隅に隠れる。
ちょっとこの話にマドレーヌを巻き込むわけにはいかないわね。




