港町 ムーラン
セントペデスタル港を出港してから丸二日、太陽が真上に来た頃にゾエ帝国の港が見えてきた。
この日の朝は周りに陸が見えないところを進んでいて少し恐怖を感じたが、船の進む方向に陸地が見えてきてほっとしたものである。
いまだダウンしているマントガー家ご一行は甲板に出てこれず、私だけ元気に朝ご飯を食べた後は定位置になってしまった操舵手前の柵にすわって海を眺めていた。
「あれに見えるのがゾエ帝国の玄関口の一つムーランだ」
「玄関口の一つってことはほかにもあるの?」
今や船長とはお話仲間だ。
彼も気軽に声をかけてくれる。
「あぁ、ホークトアの北、コンベーツからは対岸にゾエ帝国が見えるんだが、そこにハコダという港町がある。港の大きさでいえば向こうのほうが大きいが、そこから帝国に行くには1週間はかかる。ムーランからなら2日だな」
「じゃあ、ムーランは帝都の入り口ってことになるのね」
「そういうことだな」
陸地が見えてきてから1時間ほどで船は港へ入った。
そこから少し時間をかけて船はゾエ帝国に到着した。
「ようやく……床がゆれません……」
「顔色悪いけど大丈夫じゃなさそうね」
「リア様は平気そうで羨ましいです」
「私は空が飛べるから、ああいう揺れは平気なの」
「わたくしも飛べれば……」
「人間は空を飛べないわよ」
それに、人間が空を飛ぶのは教会の教えに反することでしょうに、だいぶ弱ってるわね。
「揺れない地上でしばらく休めば治るわよ。帝都に出発するのは明日なのでしょう?」
「えぇそういたします」
わりと皆んな船酔いでやられていそうなのよね。
慣れない人には辛いんでしょう。
そんな会話をしていると、1人のとても綺麗な顔の男が近づいてきた。
濃灰色の髪に真っ黒な瞳、身なりも整っており、着ている礼服はかなり高位の貴族であることがわかる。
「お待ちしておりました、マントガー侯爵令嬢とおみうけします。私、ゾエ帝国外交官のハセスト・フォン・ハコダと申します」
「このような状態で申し訳ありません。ハコダ侯爵令息。マドレーヌ・ラ・マントガーと申します」
「いえ、船旅はお辛かったようですね。移動は明日からとなりますのでホテルへすぐにご案内いたします。そういえば、そちらが妖精族の方ですか」
ハセストと名乗った男がこちらを向いて頷く。
「私はリアよ。マドレーヌがどうしてもついてきて欲しいというから来たの。それに1週間後は聖女様がみられるのでしょう?」
「えぇ、ちょうど聖女の就任式です。すでに認定式は終わっておりまして、ゾエ帝国で100年ぶりの聖女認定となりました」
「今世の聖女さまのお名前は非公開なの?」
「えぇ、聖女は貴族とは限りませんからご家族を含めての安全確保の為、非公開なのです。公開しますと安全管理上色々と……」
「なるほどね、過去の教訓ってやつね」
「はい」
ゾエ帝国では、過去に平民生まれの聖女の家族が貴族に攫われて、危うく国が傾きかけたことがある。
家族を人質に、聖女を傀儡にしようとした者がでたのだ。
途中まではそのたくらみは成功していたそうだ。表向き聖女の家族を攫った貴族家は「聖女の家族保護」を名目にしていたそうだから。
ただ、この騒動によって聖女の力が徐々に失われた。
当時は聖女が亡くなると次の聖女が見つかるというサイクルだったが、この事件により聖女の力が失われ、時代の聖女が生まれず国の結界を常に維持できなくなったという歴史がある。
その教訓が名前の非公開なのだろう。
とはいえ、情報は漏れるもの。
国として家族の保護ができているからこそのお披露目だろうが、神は人々が反省したから聖女を復活させたのだろうか? ゾエ帝国はすでに聖女は不要な国家体制になっていると習ったが……
「では、ご案内いたします。馬車も揺れますので気分が悪くなった時はすぐにお申し付けください」
ハセストが向こうに停まる豪華な馬車へ案内してくれる。
どうやら一緒に乗る気はないらしい。
別にハセストならマドレーヌと一緒に馬車に乗っても問題ないと思うけれど……まぁ見た目だけ考えるとそういうわけにいかないか。




