九十話 我慢の限界
俺はマッシブマン、オーセニ、ランと共に下層へと降りる。乱立する鍾乳石と地底湖によって内部は複雑に入り組み、完全に七号ダンジョンとは別のものに変化していた。出てくる魔物もグレーターデーモンやドラゴン系、ミノタウロスと言った最上級の難易度を持つ存在ばかりになっている。
「こんなの普通ではありませんわ! 誰かドローンは持ってませんの!?」
ドラゴンの炎に頭を炙られ、若干焦げ付いたオーセニが叫ぶ。マッシブマンもいるから流石に大丈夫と思って、せっかく体力も全回復させてやったのに。
「私のはミノタウロスとの戦いで破壊されてしまってな。力になれなくてすまない」
だからお前が壊したせいで(ry。
「外に連絡を取りたいんですか? 無理ですよ」
ランがスマホを見せる。アンテナは全滅していた。
「先程からずっとです。上層にいた時からこんな具合ですね」
「な、何て事……!」
「参ったな」
俺もスマホを見るが同じく駄目だった。
とうとう特異性落下世界に落ちたような有様になったが、あの異空間を落下した覚えはない。未知の方法で入ってしまったのか、バグアイテムによるものか……判別がつかない。
「もう嫌ですわぁ! ヴェスナー! ヴェスナーは何処にいますの!?」
「………」
まるで駄々っ子のようなワガママに頭が痛くなってくる。いっそ昏倒させた方が静かになるのでは? と本気で考え始めた時、洞窟の奥から足音が聞こえてきた。
「誰だ!?」
マッシブマンの鋭い声が飛ぶ。
「……ご挨拶だな。僕だよ」
「姉さん!」
現れたのはHワイトとヴェスナーだった。
ああ……生きてたんだね。
「……悪かったな」
マッシブマンはじろっとHワイトとヴェスナーを眺めている。偽者じゃないか見定めているのだろうか。
その割に俺の時はアッサリ受け入れてくれたけど、目が綺麗だからすぐに分かる……らしい。そんな真っ当な人間じゃないんだけどなー、俺も。
「姉さん、酷い怪我じゃないか!」
そんな視線も気にせず、ヴェスナーはオーセニの下へ駆け寄る。
「ああ、ヴェスナー! 会いたかったですわぁ!」
安っぽい演劇みたいな芝居がかった所作で抱き合う二人。百合の花が咲き誇るような空気だ。どす黒い、が。
「……なんだい?」
Hワイトが怪訝そうにこちらを見る。
「いや」
あれだけの事を仕出かしておいて、平然としているのに驚く。向こうもプライドがあるから言えないんだろうけど、何事もなかったように振舞うのはある意味尊敬する。
まあ……良いや。マッシブマンがいる前で何かするとは思えないが、目を離さないでおこう。オーセニとヴェスナーの再会は正直、避けたかったが。
「あの、王玉師匠は?」
「王玉? 僕たちは見てないね。先程出会ったばかりだし。僕は彼女のお陰で助かってるよ」
ニヤニヤと笑みを浮かべるHワイト。接点が全くない二人だけど、この状況だから手を組んだのだろうか。一番怪しいヴェスナーと色々とアレなHワイト……あー、イヤな予感しかしないよこれ。
「彼らかどうかは分からないが、オレはここよりも下の階層で誰かが戦ってる音を聞いたな。姉さんかと思ったら、違うから詳しくは見ていない」
「……そうですか」
何か言いたそうなランだが、黙って引き下がる。ヴェスナー相手に何で助けに行かなかったと詰め寄っても無意味だ。
「よし、ではその階層に行こう。王玉の安否が気になる」
「だからなぜ君が仕切るんだい?」
「……何?」
「言っただろう? 僕は僕のやり方で行くってね」
「はぁ……」
こうなる事は知っていた。もう勝手にしてくれ、めんどくさい。
「コメット、ラン。行くぞ。どうせオーセニも来る気はないのだろう?」
「あら、よく分かりましたわね。ヴェスナーがいるなら、もうあなた方に従う理由はありませんわ!」
「従う……? お前ら、姉さんに何をした!?」
「はいはい、ごく一般的な対応しかしてませんよっと」
冷静に考えれば、こいつらと仲良くする意味なんてない。国家間の関係とかを考慮して下手に出てやってるのに、みんな好き勝手言いやがって。
「皆さん静かにしてください!」
ランの鋭い声が飛ぶ。
「まだ誰か、来ます」
コツコツと反響する足音。……妙だな、スキルに引っ掛からない。
全員が身構える中、姿を見せたのは王と玉の二人だった。手にした青龍刀はミノタウロスの血に染まり、滴っている。
「師匠! 無事だったんですね!」
ランは二人に駆け寄り、長身の二人を見上げる。
だが何故か二人は虚ろな目を向けるだけだ。
「……師匠?」
その異様な雰囲気を察したランも、少し後ずさりながら問いかける。
刹那――。
「!?」
ガッ、と王がランの首筋に掴み掛って宙づりにする。
「か、ハ……な、し、師匠、なんで……?」
「王!? 何をしているんだ、止めろ!!」
マッシブマンの怒号が響き渡ると同時、俺は駆け出す。
「何してんだよ、アンタは!」
数少ない常識人を吹き飛ばすのは気が引ける。でも明らかに只事ではない。何かに操られている……?
「ハァッ!!」
武芸の達人相手に同じ中国拳法は分が悪いと判断し、空手の正拳突きを水月めがけて放つ。中指の第二関節を高くする一本拳の握り方で繰り出す一撃は、強烈な破壊力を生む。
「……!」
肉を抉る感覚は伝わってくるが鈍い。
……タイミング合わせて飛ばれたな。世界ランク三位、しかも武芸百般。オーセニに出来たテクニックが使えないわけ無いか。
しかしその拍子にランは解放される。
激しく咳き込んでいるものの、目立った怪我はない。
「大丈夫か?」
「ゲホ……すみません、助かりました」
口元を拭い、立ち上がる。
「師匠……」
「落ち着け。多分操られてる。何に、かは分からんが……」
何事もなかったかのように戻ってくる王。飛ばれただけじゃない。完璧に威力を流されたようだ。
その辺の精度はオーセニを上回っているかもしれない。
「Hワイト……貴様、何を、している?」
その時、俺の背後でヒュン! と何か音が鳴る。前方に注意しつつ、顔を向けると刀身が伸びたHワイトのレイピアをマッシブマンが掴み取っていた。その刃先は、迷いなく俺の首筋を狙っていた。
「おお、怖い怖い」
ヘラヘラとバカにした笑みを零す。
「まあ、野蛮な人たちですわ」
「姉さん、あまり近づくと汚らしい空気に触れる」
そして高見の見物をするかのように離れた場所へ避難するオーセニとヴェスナー。
「本当にどいつもこいつも……めんどくさい」
そろそろ我慢してやるのも限界だ。
悪いが……死んでも文句言うなよ。




