八十九話 更なる深みへ
「君たちと合流出来て良かった」
洞穴の奥に向かってマッシブマンが歩いていく。シゾーンが深手を負ったらしく、突き当りの場所で休ませているらしい。
「コメット君は高度な回復魔法も使えるのだろう?」
「ええ、まあ」
「助かったよ。私は魔法なんてものは使えないからな」
「………」
俺はマッシブマンの背中を観察する。最初はチヒロ。次は俺。得体の知れない『何か』が俺たちになりすましている。
――はたして彼は本人なのだろうか? この奥にシゾーンはいるのだろうか?
取り留めのない疑心暗鬼がまた湧いてくる。スキルだと敵である兆候は感じられないが、この結果を鵜呑みには出来ない。常に半信半疑を心掛けないと危険だ。
「マッシブマンさん」
「何だ?」
唐突にオーセニが話しかける。
「シゾーンの怪我の具合はどんな感じでして?」
「ミノタウロスに斬られてな。結構な深手を背中に受けてしまっている」
「……そう」
オーセニが他の配信者を気にしている……?
同じ国だからだろうけど……それでも意外だ。人の心を持ってる部分もあるんだな。
「ここだ」
暫し平坦な道を歩き、やがて行き止まりに突き当たる。
その傍らでシゾーンが上着を掛けられてうつ伏せに寝込んでいた。
「背中の怪我が酷い。コメット、魔法を頼めるか?」
「はい」
俺は熱に冒されるように呻くシゾーンへ近づく。上着を捲ると。血だらけの包帯が露になる。また随分深く抉られたな。
「――快癒」
翳した手から零れる淡い光が粒状になって患部に降り注ぐ。険しかった顔つきと寝息が徐々に落ち着きを取り戻していく。
「おお、素晴らしいな! 流石だ、コメット!」
腕を掴まれてブンブンと振られる。その体格差でやられると大体の人は吹っ飛ばされそうだが、俺は踏み止まった。
「話はランから聞きました。俺の姿を模した奴が出たそうですね」
しかしのんびりと話し合う時間はない。俺は早々に本題を切り出した。
「ああ。王と玉の話では君ではない〝何か〟と言っていたが、私も直感的だが君じゃないと思ったよ。アレはとてつもない悪意の塊だ。あんな悪党は見た事が無い」
マッシブマンをしてこの言われよう……どれほどの邪悪な奴か。
「そして妙なアイテムだ。私は復活したミノタウロス共を蹴散らし、シゾーンと奴を追跡したのだが……情けない事に待ち伏せを食らってしまった。シゾーンの怪我の原因はこれだ」
「ほんっとうに情けないですわね。その偽コメットさんを捕まえれば、情報を吐かせられましたのに」
「……面目ない」
確かに逃がしてしまったのは残念だ。
オーセニが何か言ってるけど、アンタが絡んでこなければ俺は間に合ったんだよなぁ……。
「それでみんなは何処にいるか分かります?」
「私は何度かこの階層を探したが、誰も見てないな。地形も変わっていて、事前の資料が役に立たないのだ。君たちはどうだ?」
「上層は全て見ました。誰もいません」
そうなるとランカーたちは更なるダンジョンの深みに落ちた可能性が高い。地形が変異してるなら階層数も変化しているかもしれない。今現在、下層がどうなってるかは不明だ。
「……なら私が下層へ降ります。師匠を助けなくては」
「もっと下に潜るって言いますの? ワタクシはここで待ちますわ!」
心配げに目を伏せるランと空気を読まずに好き勝手のたまうオーセニ。凄い差だ。
「お前、一人にしたら何するか分からないからダメ。一緒に来い」
「何もしないから少しは信じてくださいまし!」
「……確かに下層は何があるか、分からんからな。私とコメット君、オーセニ君がベストだろう」
「あの、私も下層に……!」
ランの申し出にマッシブマンは首を横に振る。
「シゾーンを見守る人が必要だ。気持ちは分かるが……」
「魔法とスキルで代用できますよ」
魔物やふざけた連中が来れないような高度な守りを作れば、下手に見張りを付けるより安全な場合もある。後は置手紙を用意しておけば、バッチリだろう。
「き、君の魔法とスキルは万能だね」
「努力の賜物です」




